ボレロ - 第三楽章 -
私は浅見さんの言葉に従うしかなさそうだ。
彼女と話がしたい、彼女の目的を知りたい……その思いも強い。
「わかったわ。あなたのいうとおりにしましょう」 そう返事をしながら、誰かにメッセージを伝えられないものかと懸命に考えた。
近くにドールハウスの専門店あったと思い出したとき、どんなに嬉しかったことか。
私は自分の思いつきに密かにほくそえんだ。
「もう一軒、お買い物におつきあいいただきたいの。今日お誕生日のお友達がいるのだけど、プレゼントの用意をうっかり忘れてしまって、どうしても今日中にプレゼントを贈っておきたいの。
お店はここから近いわ、すぐにすみますから」
「わかりました」
道を案内し、目指す店に入った。
つきそうというより、監視に近い距離にいる浅見さんを伴って目的の品物を探した。
今日中に配達してもらえますかとスタッフに聞くと 「できますよ」 と飛び上がりたいほど嬉しい返事だった。
ベッドルームコレクションを選び、ベッドやクローゼットのミニチュアを並べながら、耳からはずしたイヤリングを素早く手の中に隠した。
いかにも悩んで品物を選んだふりをして、こちらをいただきますとスタッフに伝え、メッセージを添えたいのですがと言葉を続けた。
浅見さんの目が鋭く光ったが、彼女の目を気にすることなく、私は堂々とペンを走らせた。
蒔絵さんに届けてもらうことになっている、蒔絵さんと共通のお友だちなのと、送り先がオフィスであることへの理由を述べながら伝票に送り先を書き込み、メッセージカードにもひとこと記した。
『お誕生日おめでとうございます 珠貴』
カード上に目を走らせた彼女は、ごく普通の文面を見て安心したように視線をはずした。
私の細工には気がついていないようだ。
今日中の配達をお願いしますと念を押して、私たちはドールショップをでた。
浅見さんが運転する車で一時間近くを走った。
夕暮れの道はわかりにくく、どこを走ったのかわからない。
ミニチュアコレクションはデザイン室宛てに送り、受取人は平岡蒔絵さんとしたが、彼女と打ち合わせなどしていない。
共通の友人への贈り物というのも、私が咄嗟に考えた。
蒔絵さんなら、私が隠した物を見つけ出してくれるだろう。
今夜はデザイン会議のため、遅くまでオフィスにいると言っていたから品物は確実に彼女の手に届くはずだ。
毎日顔を合わせるのに、わざわざ配送されてきたプレゼントを不信に思えば、彼女は平岡さんや宗に相談するだろう。
コレクションの細工を見つければ、蒔絵さんは必ず動いてくれる。
強く信じて待つことにした。