ボレロ - 第三楽章 -
腕時計に視線を落とすと、針は20時をさしていた。
この部屋に来て2時間近くがたとうとしている。
蒔絵さんに送った品物が届き、彼女が疑問に思ったのなら電話かメールがあるはずだが、連絡がないということは、気がつかなかったのだろうか……
それとも、誕生日でもない日に届いたプレゼントを不信に思い、彼らに相談しているのか……
さまざまな思いが交錯し、諦めと期待が入り混じる。
次の望みは宗からのシンデレラコール、真夜中12時近くの電話は、私たちの習慣になっている。
彼の電話に望みをつなぎ、私は彼女への質問を続けた。
「専務の代理で、私が ”さよならパーティー” へ行くのを阻止しようとしたのはなぜ?」
「そのようなことはいたしません。行かない方がいいと言われれば、人は余計に行きたくなるものです」
「私を行かせるための演技だったの……気がつかなかったわ……
では、屋上の鍵を閉めたのはあなたね」
「いいえ」
「協力者がいたのね」
「えぇ……最初の計画では、あなただけ屋上に行っていただくつもりでした」
「なぜ私を屋上に?」
「副社長に不安になっていただくためです。久しぶりに会えた恋人が急にいなくなったらどうでしょう。
まさか屋上に行ったとは思わないでしょうから、必死で探すでしょうね。
そこへ私が ”珠貴さんは先にお帰りになれらたようです……” とでもお耳に入れれば、なぜ自分に黙って帰ったのかと不安が増すでしょう。
私の言葉を信じて帰ったものの、実はあなたは屋上に残されていたとわかったら、副社長はご自分を責めるでしょうね」
「では、トラブルを起こしたのもあたなたちなの?」
「いいえ、あれは本当に事故でした。
あなたひとりを屋上に連れ出すはずが、まさか副社長が連れて行くとは予定外でした。
ところが、思わぬ電気系統のトラブルが発生して、私たちの計画を誰かが後押ししているのかと思いましたね。
けれど、あのような方法で屋上から脱出されるとは、さすが副社長だと感心しました。
さらには、ヘリから降りてきたところを写させていたなんて、どこまで手回しがいいのかしら。
記事がでて、噂も評価も一転、交際も公になって……
私たちを見返すことができたと、さぞ、爽快な気分でしょうね」
浅見さんは言葉ほど悔しい顔ではなく、淡々とあらましを述べていく。
いまなら、何を聞いても答えてくれそうだ。
知りたいことをすべて聞いておこうと思った。
「知弘さんと静夏ちゃんの婚約が知られたら、あなたも注目されるのに、なぜ静夏ちゃんの周辺を調べさせたの?」
「調べているポーズを見せただけです。そちら側にマスコミに強い人物が関わっているとわかったので、それが誰なのか探るために……まさか、堂本さんが加担しているとは思わなかったわ」
言葉の丁寧さが少しずつ変化している。
彼女は、完全に私を支配下に置いたつもりになっているのだろう。
時計にふたたび視線を走らせた。
時刻は12時前、そろそろ彼から電話がかかってくるだろう。
待つほどもなく、私のバッグから着信を告げる音がした。
バッグから電話を取り出し、発信者を確認した浅見さんはため息をついた。
「あなたの大切な方からだわ。電話に出ていただきたくはないけれど、でなければどうなるのかしら」
「一晩中でも、私からの返信を待っているでしょうね」
「まぁ、仲のよろしいこと」
「私は過去に誘拐されたことがありますから、連絡が途絶えると、家族も彼も必要以上に敏感になるの。
いつまでも返信がなければ、あらゆる手を使って私の居場所を特定するでしょう」
「それは困るわね。私がご自宅についたウソもわかってしまう」
着信音が絶えた電話を渡し、副社長に返信してくださいと言われた。
わかっているでしょうけれど……余計な事は言わないようにと念を押され、一応用心のためにお話を聞かせていただくわねと、ハンズフリーにするよう指示があった。