ボレロ - 第三楽章 -


もしも……蒔絵さんがすでに気がついて、宗や平岡さんに連絡を取っていたら、電話に出た宗の声は、私を探す必死な問いかけになるだろう。

まだ蒔絵さんから連絡がなく、何も気がついていなければ、こちらから何らかのメッセージを送らなければ……

でも浅見さんが聞いている前で、どんなことを伝えられるだろうか。

短い時間に、頭の中は忙しく動いていた。



『もしもし、珠貴です。お電話をくださったでしょう。気がつかなくて、ごめんなさいね』


『いや、また誘拐でもされたのかと心配したよ』



誘拐と言われ心臓が跳ね上がった。

声が上ずりそうになるのを抑えながら、なんとか返事をする。



『……そちらは賑やかね。お友達がご一緒?』


『今夜は大学の仲間と飲んでるんだ。この調子では午前様だろうな』


『宗一郎さん、あまり飲みすぎないでね』


『わかってるよ。明日だが……』



急な出張が入り、平岡さんと出かけることになったから数日留守にする……と明日以降の予定を告げると、宗の電話は手短に終わった。

まだ蒔絵さんから連絡はないようだ。

今夜は仕事が忙しく、プレゼントをあけていないのかもしれない。

明日の朝贈り物を確認して、私のメッセージに気がついたとしても、出張へ出かけてしまう宗と平岡さんへ連絡がつくだろうか。

私が唯一彼に言えたのは 「宗一郎さん」 という、いつも言わない呼びかけだけだった。

「宗」 と呼ばなかったことを、彼が不思議に思ってくれたら……

わずかな望みに期待をかけた。



「副社長、ご機嫌な声でしたね。まさかあなたがこんなところにいるとは思いもしないでしょう。明日から出張ですって?」


「忙しい人ですから」


「えぇ、忙しい方だわ。私もよく知っていますから。それにしても残念でしたね」


「なにが残念なんです?」


「メッセージは届いていなかったようね」


「えっ」



忘れないうちにお渡ししておくわと、彼女はバッグから取り出した物をペットボトルの横に置いた。

息を呑んだ私の顔を見て反応を楽しんでいる。



「大事なイヤリングでしょう? お返ししておくわ」


「どこにあったのかしら……」


「珠貴さん、それはあなたがご存知でしょう。女は相手が身につけているアクセサリーが気になるものよ。
あなたのショートカットからのぞく、耳に輝くイヤリングは目を引くわ。
耳にあったのに、それが消えてしまったら、どこにいったのかしらと気になるでしょう?
もしかしたら、プレゼントの箱の中に落ちたのではないかしらと思って探したら……
ふふっ、箱の隅に隠れてたのよ。もうなくさないでくださいね」



仕掛けを見破った満足げな顔を魅せられ、私は背中に冷たい汗をかいていた。 


< 120 / 349 >

この作品をシェア

pagetop