ボレロ - 第三楽章 -
もしも……蒔絵さんがすでに気がついて、宗や平岡さんに連絡を取っていたら、電話に出た宗の声は、私を探す必死な問いかけになるだろう。
まだ蒔絵さんから連絡がなく、何も気がついていなければ、こちらから何らかのメッセージを送らなければ……
でも浅見さんが聞いている前で、どんなことを伝えられるだろうか。
短い時間に、頭の中は忙しく動いていた。
『もしもし、珠貴です。お電話をくださったでしょう。気がつかなくて、ごめんなさいね』
『いや、また誘拐でもされたのかと心配したよ』
誘拐と言われ心臓が跳ね上がった。
声が上ずりそうになるのを抑えながら、なんとか返事をする。
『……そちらは賑やかね。お友達がご一緒?』
『今夜は大学の仲間と飲んでるんだ。この調子では午前様だろうな』
『宗一郎さん、あまり飲みすぎないでね』
『わかってるよ。明日だが……』
急な出張が入り、平岡さんと出かけることになったから数日留守にする……と明日以降の予定を告げると、宗の電話は手短に終わった。
まだ蒔絵さんから連絡はないようだ。
今夜は仕事が忙しく、プレゼントをあけていないのかもしれない。
明日の朝贈り物を確認して、私のメッセージに気がついたとしても、出張へ出かけてしまう宗と平岡さんへ連絡がつくだろうか。
私が唯一彼に言えたのは 「宗一郎さん」 という、いつも言わない呼びかけだけだった。
「宗」 と呼ばなかったことを、彼が不思議に思ってくれたら……
わずかな望みに期待をかけた。
「副社長、ご機嫌な声でしたね。まさかあなたがこんなところにいるとは思いもしないでしょう。明日から出張ですって?」
「忙しい人ですから」
「えぇ、忙しい方だわ。私もよく知っていますから。それにしても残念でしたね」
「なにが残念なんです?」
「メッセージは届いていなかったようね」
「えっ」
忘れないうちにお渡ししておくわと、彼女はバッグから取り出した物をペットボトルの横に置いた。
息を呑んだ私の顔を見て反応を楽しんでいる。
「大事なイヤリングでしょう? お返ししておくわ」
「どこにあったのかしら……」
「珠貴さん、それはあなたがご存知でしょう。女は相手が身につけているアクセサリーが気になるものよ。
あなたのショートカットからのぞく、耳に輝くイヤリングは目を引くわ。
耳にあったのに、それが消えてしまったら、どこにいったのかしらと気になるでしょう?
もしかしたら、プレゼントの箱の中に落ちたのではないかしらと思って探したら……
ふふっ、箱の隅に隠れてたのよ。もうなくさないでくださいね」
仕掛けを見破った満足げな顔を魅せられ、私は背中に冷たい汗をかいていた。