ボレロ - 第三楽章 -
浅見さんの印象は時間を追うごとに変化していた。
この部屋へついた頃、彼女は私へ敬語を使っていたのに、いつの間にかそれは消えていた。
常に背筋を伸ばし、指先にまで神経を行き届かせていた佇まいは徐々に崩れ、足を組み、時には肘をつきながら、私を追い詰めるような視線を送ってくる。
「まだ聞きたいことがあるでしょう? なんでもどうぞ。あっ、そのまえにタバコ、いいかしら」
「どうぞ……私にも一本ください」
「ほほっ……無理しなくていいのよ。いきがって吸っても胸が苦しくなるだけよ」
「そお? 気分転換になるのよ」
「ふっ、強がりはやめることね」
「初めて吸ったのは高校生のときだったわ。受験勉強のイライラを抑えるために覚えたの」
「へぇ、あなたのようなお嬢さまが……信じられないわね。まっ、いいわ。勝手にどうぞ」
テーブルの上に置かれた箱をこちらへ滑らせた。
そこから煙草を一本抜きとり、彼女が差し出したライターで火をつけ、深く胸に吸い込み口から細く煙を吐き出した。
「あら、ホント。ウソじゃなかったようね。さまになってる。それにしても、人は見かけによらないわね」
「あなたもね」
フッと笑いながら顔を見合わせたが、どちらもそれまで見せたことのない顔になっていた。
「副社長、あなたが煙草を吸うなんて、思いもしないでしょう。
こんな姿を見たら、幻滅するんじゃないかしら」
「いいえ、彼は知っているわ」
「まぁ、理解のある方だこと。私は彼の前では吸えないわね。
煙草を吸う女は清潔感がないと思っているの。勝手な幻想だわ」
「そういう人もいるわ」
なんとなく共通項を見出し、話が進むあいだに互いに二本を吸い終えた。
部屋の中は薄っすらと煙に覆われている。
紫煙が漂う天井に目をやりながら、先ほどの電話を思い出していた。
宗との会話に引っかかるものがあったのだが、私は何に違和感を覚えたのか。
大学の同級生と飲んでいると言っていた、親しげな声が電話の向こう側から聞こえていたが……
えっ、あの声は……
その場にいるはずのない人の声を思い出して、全身が一気に緊張した。
大丈夫、彼は必ず助けに来てくれる。