ボレロ - 第三楽章 -
そろそろ彼女の目的を聞きださなくては……
どんな問いかけなら答えてくれるだろうか。
三本目の煙草に火をつけながら言葉を選んでいたが、先に口を開いたのは浅見さんだった。
「そちらで記事を流したのは堂本さんなの?」
「えぇ、そうよ。彼が記事の構成を考えて、懇意にしているルポライターに依頼したの」
「マスコミに強い人物が関わっているとは思ったけれど、そういうことだったの」
「あなたの協力者もマスコミに強いのでしょう? 中島さんとおっしゃったかしら」
「良くご存知ね。彼はいろんなことを知っているわ」
「その人のために、今度の騒ぎを仕組んだの? 彼の無念を晴らすため?」
考えていた言葉は役に立たず、気がつくと勢いで言葉がこぼれ出ていた。
「彼のためかと言われれば、そうかもしれないわね。でも……違うとも言えるわね」
「では自分のため? どんな理由があるか教えてほしいの」
「そうね……教えてあげてもいいけど……あなたの考えたプロットを聞いてみたいわね」
私の誘いには乗ってこない、すんなりとはいかないようだ。
先走る気持ちを抑え、しかたなくこれまで考えてきたことを口にした。
浅見さんの恋人である中島は、彼女が話した役員の失態を記事にした。
彼はそのことが問題になり担当をはずされ、当時の広報の部長であった浜尾部長は、部下の責任を感じ辞職した。
上司の辞職は彼を追い詰め、退職せざるを得なくなった。
それを恨みに思い 『SUDO』 に左遷されたと、同じく恨みをもつ浅見さんとともに会社へ意趣返しを企てた……
私が話す間黙って聞いていたが、最後の言葉が終わると、口の端をあげてあざけるような笑みを見せた。
「よくできましたと褒めてあげたいところだけど、肝心な部分が抜けているわ。
それに、登場人物が一人たりないわね」
「もう一人関わっているの?」
「そうよ……いいわ、教えてあげる」
手にしていた煙草の火を消すと、浅見さんは両手の指を組み口元にあて、ゆっくり話をはじめた。
「中島の失態の責任をとるために、どうして部長が辞めたのか、考えてみた?」
「それは、浜尾部長が広報の最高責任者だったからでしょう?」
「違うわ。浜尾部長は課長をかばうために辞めたのよ。自分の甥っ子である課長のためにね」
「課長を?」
「中島の上司だった課長は、自分が指示して記事を書かせたのに責任を部下になすりつけたの。副社長の記事を作り上げて書かせたのも、浜尾課長よ。
のちに甥である課長のやったことがすべてがわかって、責任を感じた部長は辞職した。
そして、部長の辞任に責任を感じた中島も退職したわ。
でもね、責任をとるために部長が辞めたけれど、それがなんだっていうのよ。
退職前の部長が辞めても、たいしたことはないわ。
課長も役をはずされたけれど、彼はすぐに復帰した。近衛の組織の中で、浜尾一族は大きな力を持っているの。身内でかばい合うのよ、素晴らしい結束力だと思わない?」
「浅見さんの恋人は誰なの」
「誰だと思う?」
「中島さん」
「いいえ、私が付き合っていたのは浜尾課長よ」
「えっ?」
「中島聡史は……私の弟よ」
浅見さんはあらたな煙草に火をつけ吸い込むと、口から勢いよく煙を吐き出した。