ボレロ - 第三楽章 -
目が覚めて、天井を見つめていた目に飛び込んできたのは母の顔だった。
「近衛さんがいらっしゃってるわよ。お通ししてもいい?」
優しい声で聞かれ、黙ってうなずいた。
私は高熱で気を失い、数日熱にうかされて、ようやく体調が回復しつつあった。
浅見さんといた10数時間は極度の緊張にあり、自分の体調の悪さも気づかずにいた。
部屋に入ってきた宗を出迎えた母は、私が見たこともない穏やかな顔で会話をしている。
母の背中を見送ると、彼は私のそばにきて額に手をおいた。
「母と仲良くなったのね」
「まぁね……気分はどうだ?」
「悪くないわ……浅見さんはどうなったの?
私を心配して、あの部屋のことも、そのあとのことも、誰も教えてくれないの」
「出血がひどくてね。沢渡さんがいてくれて助かった。病院に運び込んですぐに処置したが……流産だった」
「流産って、赤ちゃんが……」
うん……と悲痛な声がした。
麻見さんが妊娠していたなんて、知っていればもっと早く適切な対応が出来たのに。
何もできなかったことが悔やまれ、辛くなり顔を覆った。
宗の手が私の手に重なり、顔からゆっくりはずし両手で包み込む。
後悔の涙を流す私から目をそらしたのは、彼の優しさだった。
いたわりの言葉はなかったが、淡々とした口調は私を落ち着かせた。
「浜尾課長だが、須藤珠貴を呼び出したのは浅見だ、自分は知らない。
マンションに閉じ込めたのは、浅見君を恨んでいる中島の仕業だと言ってシラを切っていた。
君たちを部屋に閉じ込めて、時間を稼いで逃亡するつもりだったが、逃げる途中で俺たちにつかまった。
親父も動き出した。社内配置の見直しを命じられた。これを機会に大改革を始めるつもりらしい。
君の会社も、伊豆の会長も出張っていらしたそうだ」
「伊豆のおじいさまが?」
「もう黙っていられない。会長権限を使わせてもらうとおっしゃって、精力的に動いているそうだ。
勝手な親族を懲らしめるつもりらしいですよと、知弘さんが笑ってた」
「私が倒れている間に、いろんなことがあったのね……ほかにもあるんでしょう? 聞かせて」
頬に手をおき 「あぁ、いいよ」 と言いながら、柔らかな笑顔が近づいてきた。
触れた唇はしっとりとなめらかで、私を穏やかな心地にさせた。