ボレロ - 第三楽章 -
7. largo ラルゴ (幅広く ゆるやかに)
クリスマスイルミネーションが街を照らし、道々を行き交う人々はどの顔も笑顔で明るさに満ちている。
笑っていられるのだから、彼らにさし当たっての不安や心配はないのだろう。
それに引き換え自分はと振り返るが、大きな壁の前に行く手を阻まれた心境だ。
何もかもが光り輝く街は、今の私にはまばゆいばかりだった。
「まだそんな顔をしてるの? せっかく一緒に歩いているのに、もっと嬉しそうな顔をして」
「うん……」
「宗は案外心配性ね。なんとかなるわよ」
「本当になんとかなると思うのか?」
「えぇ、そうよ。登れない山はないし、壊せない壁はないの」
「深い溝があったら?」
「飛び越えるだけよ」
「その自信はどこからくるんだろうね」
「もう決めたんですもの、まえに進むだけよ。急ぎましょう、みなさんお待ちかねよ」
組んだ腕を引っ張るように珠貴は歩みを速めた。
決めたから迷わないのか……
いかにも珠貴らしいと思った。
賑やかな街の中を彼女と腕を組んで歩くのは久しぶりだ。
ホテルまで車で行くつもりでいたが気分転換に歩きましょうと珠貴が言い出し、目的地まであと数百メートルというところで車を降り運転手を帰した。
ふさぎこんだ私の気分を変えようとしてくれたのだろう、賑やかな街並みを見ながら歩けば気持ちも晴れるだろうと考えてくれたに違いない。
珠貴の心遣いがわかっているのだから、もっと嬉しそうな顔ができればよいのだが、それができずにいる。
ふがいない自分に呆れながら 「はぁ……」 と重いため息をついた私を珠貴がまた覗き込んだ。
「今夜は気分を変えて楽しく過ごしましょう。ため息はこれでおしまい、いい?」
「うん……」
「ほら、その、うん……はダメ。笑って」
珠貴の両手が私の頬をつまんで横に引っ張った。
すれ違う人が、何事かと面白そうに見ながら通り過ぎていく。
「やめろ、痛いじゃないか」
「怒った顔の方があなたらしいわ。真夜中のパーティー、楽しみね」
「うん……」
「あはっ、いまの ”うん……” は許してあげる」
今日の珠貴は何をしても嬉しそうで、煌びやかな灯りにも負けないlくらいに輝いた笑みを向けてくる。
そうだな、今夜だけは気分よく過ごすとしよう。
ようやく気持ちを建て直し顔をあげた。
見上げたビルの壁面にあるデジタル時計が 『PM 11:00』 を表示した。
12時の約束の時刻まであと一時間……
私たちはふたたび歩き出した。
すべてが解決したら 『シャンタン』 でパーティーをしようと珠貴と話していたものの、真夜中のパーティーなど無理ではないかと期待せずにオーナーの羽田さんに相談したところ、「承ります」 と嬉しい返事をもらったのだった。
世話になった友人たちへ 「お礼の会をしたい」 と伝えると 「礼なんて堅苦しいことを言わず一緒に楽しみましょう」 との沢渡さんの提案で、ひと足早いクリスマスパーティーを催すことになった。
本来なら世話になったこちらが企画するべきなのに 「準備はまかせてください」 と平岡が言ってくれたのは、私も珠貴も騒動の事後処理があるとわかっての申し出だろう。
申し訳ないと思いつつ、彼らの好意に甘えることにした。
「お礼の会」 ではなくなったが彼らに世話になったことには変わりなく、感謝の気持ちを形にしたいと珠貴は思ったようだ。
プレゼントを用意したいと言われ、彼女の意見に賛成し品選びも任せた。
早足で歩いたためか、ホテルにつく頃には体が温まっていた。
プレゼントの準備があるという珠貴へ 「煙草を吸ってくる」 と伝え、ロビーで彼女と別れた。
気分を変えたはずなのに、ひとりになるとまた気持ちが重く沈んできた。
人気の少ない場所に設けられた喫煙ルームへ向かいながら、私は昼の出来事を思い出していた。