ボレロ - 第三楽章 -


今日の午後、珠貴の両親から招待を受け会食の席へと赴いた。

夫妻それぞれから丁寧な挨拶があり 「珠貴が助かったのは、近衛さんのおかげです」 と言われ、面映く感じながら悪い気はしなかった。  

「マスコミが絡むと厄介ですね。弊社もマスコミ対策の心得ができました」 と話す須藤社長の機嫌は良く、和やかな雰囲気で会食は進んでいった。



「有馬総研との関わりを完全に断ちました。もともと有馬とは関係がなかったのですが、有馬所長を信用していた役員がおりまして、何かと助言を授かっておりました。 
それに対して曖昧な態度をとっていたことも、今回の騒動につながる原因でもありました。
毅然とした態度をとるべきだったと、後悔ばかりが残ります」


「経営アナリストの意見とあれば、簡単に跳ねのけるのは難しいものではないでしょうか」


「そうですが、よもや雑誌の記事に便乗していたとは……驚きです。
さも吸収合併が勧められているようなことを言い 『SUDO』 を揺さぶろうとしたのですから、許せるものではありません。
役員が懐柔されていたとはいえ、こちら側の弱みを握られてしまったのは私たちの落ち度でもあります。
社長たる私の責任は免れません 久しぶりに会長に怒鳴られましてね それに……」



須藤社長は決して言葉数の多い人ではない。

だが、こと経営の話になると多弁になるようで、熱を持った話がつづいていた。 

同席している珠貴も社長夫人も、このような時は口を挟むべきではないと心得ているのか無言のまま箸を進めている。

有馬総研と浜尾課長が手を組んだのかと疑っていたが、調査の結果その事実はなかった 。

偶然にも週刊誌の記事を事前に知った有馬所長が、相談役夫人を引き込み 『SUDO』 へ偏った情報を吹き込んだのが発端だった。

近衛に近づくと危ない、取り込まれる、などと不安な事を伝えては危機感をあおり、そうしておきながら 「お力になりましょう」 と有馬所長から言葉がかけられた。

絶妙なタイミングで掛けられた言葉を聞き、名の知られている有馬総研の言うことだから間違いない、と鵜呑みにてしまった相談役夫人が騒ぎ、社内の騒動へと発展していった。

我々に隙があったのです、と須藤社長は自らを戒める言葉を口にした。

社長の言葉はどこまでも丁寧で、歳の離れた私に対してあらたまった物言いであるので至極恐縮した。 


 
「今回の騒動でいろいろ学びました。これは、いち課長の失態だけでなく社内全体の問題でもあります。
ほころびにより、長年にわたり内部にはびこったものが一気に露出しました。これから改革です」


「近衛さんも……そうですか。お互い良い勉強をしましたね」



須藤社長の言葉が心に響く。

互いにと言ってもらえたことに勇気づけられ、この場で気持ちを伝えようと決め、いずまいを正し社長の顔をみた。



「ありがとうございます。しかしながら、元はといえばこちらから派生した問題でした。大変ご迷惑をおかけしました」


「近衛さん、顔をあげてください。近衛社長からも丁寧な挨拶を頂きました。
これから良いお付き合いをと、こちらからもお願いしたばかりですよ」



あらためて双方で頭を下げ笑みを交わした。

話を持ち出すタイミングを図っていた私は、社長に笑みが浮かんでいる今がその時である決断した。

座布団を外し、背筋を伸ばして 「お話があります」 と切り出した。

須藤社長の顔色が一瞬変わったが、かまわず言葉を続けた。



「今回の件だけでなく、これまでさまざまな場において、私をわかっていただけたのではないでしょうか」



手をつき 「珠貴さんと……」 と話しはじめたところで 「近衛君」 と大きな声に遮られた。



「君の話を聞く前に、私の話を聞いていただきたい」


それまで ”近衛さん” と私を呼んでいたが ”近衛君” に変わった。

対等であった立場が変化したことを示すもので、この瞬間から交際相手の父親と対面する場となった。

こうべを垂れて言葉を聞く姿勢をとり 「はい」 と素直に返事をしたのだが……



「私は、娘を須藤の家からだすつもりはありません。それだけは承知しておいて頂きたい」



須藤社長の低く揺るぎない声が響き、珠貴と夫人から息を呑む気配がした。

私は下げた頭を上げることができず、指先を見つめたまま言葉を失ってしまったのだった。


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