ボレロ - 第三楽章 -
席では賑やかな講釈が始まっていた。
テーブルの上で繰り広げられているのは、沢渡さんが経験した緊迫した場面の再現で、浜尾課長に遭遇したときの模様と、珠貴が閉じ込められていたマンションの部屋に踏み込んだ時の様子が、多少大げさな表現で語られている。
パーティーの雰囲気を明るくするために、沢渡さんが口火を切ったようだ。
「浜尾課長のマンションから出てきた3人の顔ぶれを見て、宗一郎君と平岡君は驚いていたが、もっと驚いたのは向こうだ。
まさか、こんなところに副社長と重役秘書がいるとは思わなかっただろうね。
悪いことをしてきた後ろめたさがあるんだろうな、浜尾課長が 『副社長、どうしてこちらに……』 と聞いてきたが、声が震えていたよ」
「『彼女たちはどこにいる。浅見君と須藤珠貴はどこだと聞いているんだ!』 と怒鳴りつけた先輩の声に、彼らは震え上がっていましたね。あのときの先輩は怖かった」
「近衛宗一郎を怒らせると怖いと思いましたね。で、相手がひるんだ隙に、櫻井君と霧島君が彼らの腕をぐいっとつかんだかと思ったら、瞬く間に3人を拘束した。
いつも穏やかな櫻井君と霧島君が、武道の達人だったとは知らなかったなぁ。
いやぁ、その腕前の見事なこと、恐れ入りました」
「それで、克っちゃんはただ見ているだけだったの?」
手振り身振りで現場の様子を再現していた沢渡さんに、妻の美那子さんの冷ややかな質問が飛んだ。
「いや、ほら、素人が余計な手出しをすると怪我をするじゃないか。
僕は潤一郎君とマンションに駆け込んで、彼女たちの救出に向かった」
「そこで、どんな活躍をしたのかしら?」
「部屋の玄関前には重いテーブルが置かれて、ご丁寧にもバーで固定されていた。
それを動かしてもらって、中に入って病人の対応をした」
「動かしてもらったの? あなたが動かしたんじゃなくて?
なんだ、いつものあなたと同じじゃない。立ち回りも、力仕事もなかったのね」
「医者はいかなるときも冷静な対応が求められる。自分の役割は果たしたつもりだけどね」
「まっ、いいでしょう。あなたも役に立ったんですもの」
総合病院の副院長である沢渡さんも、妻の前では形無しのようだ。
妻が優勢の夫婦のやり取りをみなは面白そうに聞いていたが、珠貴はそのときを思い出したのか、神妙な顔をしながら、あらためて礼が伝えられた。
「沢渡先生がいらっしゃったおかげで、私も浅見さんも助けていただきました。ありがとうございました」
「中島の電話で病人がいると聞いていましたから。しかし、浅見秘書があんな状態になっているとは……
可哀相なことをしました、もう少し早くかけつけることができたら……言っても仕方のないことですが」
あなたのせいじゃないわ……と、このときばかりは、美那子さんから沢渡さんをかばう言葉があった。
浅見君の出血は流産によるものだった。
浜尾課長の子どもを身ごもったとわかり、相手に妊娠の事実を告げたが産む事を否定された。
そのうえ別れ話を持ち出され、慰謝料代わりにマンションをやるといわれ、それが珠貴たちが閉じ込められたマンションだった。
「だけど許せないな。自分がやった事を、すべて浅見さんのせいにしようとしたんですよ。
あのマンションだって、欠陥があったそうじゃないですか。慰謝料が聞いて呆れますね」
「欠陥マンションだったんですか?」
怒りをあらわにした平岡に眉を寄せながら蒔絵さんが尋ねると、憮然とした顔で霧島さんが詳しいよと、テーブルの向こう側に座っている霧島君へ顔を向けた。