ボレロ - 第三楽章 -
「グラスを見ながら、そんなことを考えていたの?」
「あぁ……浜尾直之を昔から知っているが、よくも悪くも頭の回るヤツだ」
「でも、いまの彼にはなんの力もないのよ。何かをしたとしても、自分に跳ね返ってくるだけ。
利口な人ならわかるはずよ」
珠貴の言うことはもっともで、浜尾直之が悪あがきをしたところで、自分の首を絞めるだけだろう。
わかってはいるが、一度めばえた不安は消えてはくれない。
「どうした、いまさら何を気にすることがある」
友人たちを代表して狩野が口を開いたが、私が手にしたグラスを見てその顔が驚いた。
「飲むなんて珍しいじゃないか。そんな心配をするなんて飲みすぎじゃないのか?
シャンパンは口当たりがいいからな、お前みたいに飲めないヤツが飲み過ぎると、冗談じゃなくぶっ倒れるぞ」
「わかってるよ……だがなぁ」
「仕返しを警戒してるのか。恨みを晴らすために、近衛にまた仕掛けるとでも?」
「何か腹に持ってるんじゃないかと思えてならない。解雇を言い渡した時の顔が、どうも気になって」
「顔がどうしたんですか」
狩野との会話をそばで聞いていた平岡が、不安そうな顔で聞いてきた。
「不敵な笑いをうかべていた」
「どうにもならないと観念して、自嘲だったのでは?」
「それならいいが……」
やはり考えすぎだろうか。
そう思ったとたん酔いに体がふらつき、隣にいた珠貴の腕に支えられた。
「だから言っただろう。もともとアルコールを受け付けない体質なのに、無理に飲むからマイナス思考になるんだよ。
酒は、俺たちには薬でもおまえには毒だな」
「休んだ方がいいわ。お部屋に行きましょう」
散々な言われようだったが、体のふらつきを見られては狩野に反論もできない。
珠貴の声をきっかけに、パーティーはお開きとなった。
夜中のパーティーは実に楽しく、貸切のレストランで朝まで過ごしたのは初めてだった。
誰もが満足したと感想をのべ、友人たちは日が昇る前の街を帰っていった。