ボレロ - 第三楽章 -
何か仕掛けてくるのではないかと思っていたが、まさかこれほどとは……
だが、漆原さんの報告はそれだけではなかった。
元社員の手記も掲載されていて、近衛グループには古い体質を受け継ぐ一族の社員が多数おり、彼らが内部を牛耳っているなどの記事になっているという。
『自分だけ痛い目にあったのが許せないんだろうな。周りも巻き込んで、痛みわけってことだろうか』
『バカな。なにが痛みわけだ、自業自得じゃないか。どこまでも性根の腐ったヤツだよ』
あまりにも馬鹿げた記事の内容に、漆原さんも私も言葉が荒っぽくなっていた 。
『この記事で会社へ損失がでるんじゃないかな。この前に続き大変だ』
『ふっ、たいした損失にはならないよ。これくらいで揺れるほどウチは柔じゃないさ』
『おお、さすが近衛グループは違うな』
電話の向こうでヒューと口笛の音がした 。
『会社より、ふたりへ向けられる目が心配だな。知弘さんと静夏はすでに入籍している。
記事は事実ではないと反論できるが……』
『静夏さんと須藤専務の本当の姿は、読者には伝わらないだろうね。
浜尾課長を警察に突き出したほうが、よかったんじゃないですか』
『突き出したところでたいした罪にはならないよ、しかしなんてヤツだ。
どこまで引っ掻き回すつもりだ』
ここまで品性のかけらもない表現をされてしまっては、それらを覆すのは並大抵の事ではない。
舌打ちしながら浜尾直之へ暴言を吐いている私に 「もう一つの話を聞きたくありませんか」 と彼が言う。
いまさら良い知らせを聞いたところで、朝から最悪の気分にさせられ、怒りでどうにかなりそうな胸の中がおさまるとは思えなかったが、とりあえず聞くよと返事をすると 「一気に気分が晴れますよ」 と珍しいことを言う。
『その様子では、まだ知らせはないようですね』
『うん?』
『海外の伝統のあるコンクールで日本人女性がグランプリを受賞しました。邦人としては初めてだそうですよ』
『それがいい知らせなのか? 日本人の受賞は喜ばしいが……』
だからどうしたと言いたいのをこらえ、彼の次の言葉を待つことにした。
だが、関係もない人物の受賞など嬉しくもなんともない。
『受賞者の名前は スドウシズカ とありますが、宗一郎さんの妹さんで間違いありませんね』
『シズカ? 静夏がグランプリ? なんの……はっ、テキスタイルか!』
『そうみたいです。俺は芸術方面に詳しくありませんが、コンクールでスドウシズカという人物が、大賞を受賞したのは間違いありません。
コノエシズカならすぐにわかったが、名前にピンとこなくて。
で、さっきの静夏さんと須藤専務の記事を読みながら、あっ、そういうことか! と気がついたってわけです。すごいじゃないですか、グランプリですよ』
『ベルンに行ったとき、出産前に仕上げてコンクールに出品すると言ってたが、あの作品が入賞したのか……』
先生がコンクールに出してみてはどうかと言っていたと聞いた。
子どもが生まれる前に仕上げるつもりでいる、子どもが生まれたらそれどころじゃないと言いながら、熱心に作品に向かっていた静夏の姿を思い出した。
静夏の頑張りが評価されたのか、よかった……
ようやく喜びがわいてきたところに、漆原さんが思いがけないことを言い出した。