ボレロ - 第三楽章 -


『これで、静夏さんと須藤専務が結婚していると証明できますよ。 
海外に滞在しているのも作品製作のためということになれば、浜尾が流した記事は意味を持たなくなる』


『そうだ、そうだよ! 一気にくつがえせるぞ』



これを記事にしていいかと聞かれ、もちろんだと返事をすると、知弘さんへも了解を取りたいが話を通してもらえないかと頼まれ、即座に引き受けた。

悪あがきの浜尾直之の記事も、これで封じることが出来る。

私たちにとって良い方向へと風が流れていくのを感じた。


電話に出た直後の不機嫌さは消え、電話を終えたいまはスッキリと爽やかな気分になっていた。

晴れ上がった気持ちを保ったまま知弘さんへ電話をした。

真っ先に静夏がコンクールで大賞を受賞したと伝えられ、朗報を喜び合った。

週刊誌の件を告げると、先ほどの私と同じく怒りを滲ませた反応だったが、漆原さんから記事にしたいと申し出があったと言うと、すべて任せるとの返事だった。

折り返し漆原さんに連絡して知弘さんの意向を伝えると 「任せてください」 と頼もしい声が届いた。





今日は午前中は休み、午後からの出勤になっていた。

シャワーを浴び身支度を整えると、午後にはまだ早い時刻だったが軽くなった心身とともに

早めに出勤した。


「おはよう」 と呼びかけた私の明るい声と対照的に、平岡の顔は曇り 「おはようございます」 と沈んだ声がした。

どうしたんだと問いかけたが、それが……と言いかけた言葉を遮るように浜尾真琴が入ってきた。

彼女も暗い面持ちだった。



「おはようございます。こちらをお願いいたします」



テーブルの上に置かれた封筒の 『辞表』 の文字が目に入り、緩んだ顔が一気に凍てついた。



「室長も部長も受け取ってくださいませんので、副社長へお持ちいたしました」


「理由はなんだ」


「すべて、私のいたらなさが招いた結果です」


「今日の週刊誌の記事か……あれは」   


「私が浅見を選ばなければ、こんなことにはなりませんでした。すべては私の責任です」


「それは関係ないと言ったはずだ」


「いいえ」



強い口調で言い返した唇が小刻みに震えていた。

思いつめた顔で私を見ていたが、くるりと背を向け扉へと歩き出した。



「真琴」


「……副社長としてではなく、宗一郎さんの言葉であっても、私の気持ちは変わりません……失礼します」



とっさに彼女の名前を呼んでいた。

引き止めたい強い思いが言葉になったのだが、彼女に私の思いは届かなかったのか。

立ち去る背中に駆け寄ろうとした私の腕を平岡がつかんだ。

放せ! と睨みつけたが頑として手を離さない。


「副社長」



副社長と呼びかけた声は厳しく、いつもの平岡ではない。

つかまれた腕をなおも振りほどこうとする私へやるせない表情を向けていたが、やがてその顔をゆっくり横にふった。

 
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