ボレロ - 第三楽章 -
「そうだリヨンですよ。間違いない、早く羽田へ行ったほうがいい」
平岡がせきたて、櫻井君も必ず彼女をつかまえますと応じている。
「すみません。僕はこれで失礼します」
言うが早いか櫻井君は席を立つと、すぐにでも部屋を飛び出していきそうな勢いだったが、コートをお持ちいたしますという羽田さんの声に、かろうじて踏みとどまっていた。
「待ってくれ、俺が行く。浜尾真琴は俺の部下だ。行って連れ戻してくる。このまま辞めさせてたまるか」
「いいえ僕が行きます。近衛さんには申し訳ありませんが、これだけは譲れません」
「なぜ君が行く、譲れないとはどういうつもりだ」
「彼女が近衛さんの秘書を辞めたら、誰に気兼ねもいらないはずだ。
浜尾さんが辞表を出したのは僕にとってチャンスです」
「俺が浜尾君を縛っていたというのか。気兼ねさせてたって? なにも知らずにいい加減なことを言うな!」
「そうは言ってません。辞めたら誰でも自由ですから」
「辞めさせないと言ってるだろう」
浜尾君を連れ戻すのは自分以外にない、退職などさせるものかと思っている私は、櫻井君に負けじと立ち上がったが平岡に腕をつかまれた。
「先輩は残ってください。いま浜尾さんを説得できるのは、櫻井さんだけです」
「なんだと? 理由を言え!」
「まだわからないんですか。本当に鈍い人だな。狩野先輩、手伝ってください」
狩野も加わり私の腕を押さえつける。
櫻井君早く行け! と狩野の声が飛んだ。
コートを受け取り私たちへ一礼した櫻井君は 『シャンタン』 から飛び出していった。
「ほぉ……そういうことだったのか。わかったぞ」
「そういうことですね」
沢渡さんと霧島君がのんびりと意見を確かめ合い、浮かせた腰をまた椅子に下ろした。
平岡に睨まれこちらも睨み返していたが、当の本人がいなくなり私たちの睨みあいもそれまでとなった。