ボレロ - 第三楽章 -
釈然としない思いを抱えながら部屋に帰ると、すでに珠貴が来ていた。
「怖い顔をしてどうしたの?」 と眉をひそめたが、甘えるように腕を絡めてきた。
先日の明け方、部屋にひとり残された寂しさが蘇り、彼女の腰を引き寄せ唇を合わせ、もつれながら部屋の中へと入った。
珠貴に会えた嬉しさのほかに、平岡や櫻井君の理解できない行動と、それを見ていた仲間たちの意味ありげな顔が、ない交ぜになって頭を駆け巡る。
話があると言って呼び出しておきながら、珠貴の肌へ感情をぶつけたい衝動に駆られ、肩から胸をさまよう私の手は次第に大胆になってきた。
どうしたの? とまた珠貴が聞いてきたが、それには答えずスカートの裾をたくし上げた。
「待って……宗、待って。お話があるんでしょう? ねぇ、聞いてる? 宗!」
とうとう彼女を怒らせてしまった。
押しのけるように私の体を離した珠貴は、立ち尽くした私を見据えている。
気まずさに顔を背けると 「どうしたの……」 と三度目の同じ問いかけがあり、私はようやく重い口を開いた。
浜尾君が辞めるかもしれないということ、彼女から旅行に行くと櫻井君に連絡があり、私が説得に行くと言うのをみなが止め彼が追いかけていったこと。
なぜ彼が浜尾君を追うのか、平岡がリヨンだと言ったのはなぜかなど、いくつもの疑問を並べ、わかるなら教えてくれもらえないだろうかと素直に告白した。
「真琴さん、辞めるつもりでしょうね。彼女なら、きっとそうするわ」
「……浜尾直之の思い通りになるのは悔しいが……彼女もこのままでは辛いだろう。それはわかるが……」
「そうね。でも、櫻井さんがいらっしゃるから大丈夫よ」
「どうしてそこで櫻井が出てくるんだよ」
「どうしてって……櫻井さんは真琴さんの心配ばかりしていたでしょう?
旅行に行くと、真琴さんが電話をかけた相手は櫻井さんなのよ。
宗じゃないわ。これでもわからないの?」
わからないよと首を振ると、驚いたように目を見開いていたが、小さく笑い柔らかな笑みを浮かべた。
「あなたらしいわね。お仕事では、あんなに鋭いのに……
櫻井さんが真琴さんに好意を持っていらっしゃるからよ。真琴さんも同じお気持ちだと思うわ」
「えっ……」
「覚えてる? いつだったかしら、ホテルで真琴さんに言いがかりをつけてきた、どこかの会社の方がいたでしょう。
あのとき、櫻井さんが真琴さんをかばうように間に入って」
「あぁ、覚えてるよ。ウチとの取引がどうのと言ってたな」
「あれからだと思うの」
「櫻井君と浜尾君が……平岡も知っていたんだな」
「あなただけが知らなかった、と言った方がいいかしら」
そういうと、またふっと笑った。
自慢して笑ったわけではないだろうが、この笑いは素直に受け取れない。
「だけど、どうしてリヨンなんだ? 平岡が絶対だと言い張るんだ」
「お二人の思い出の場所だから」
思い出だって? と言いかけて、ベルンのホテルで平岡と櫻井君がコソコソと話をしていたのを思い出した。