ボレロ - 第三楽章 -
そういうことか……と口に出していたようだ。
鸚鵡返しのように珠貴も 「えぇ そういうことよ」 と返してきた。
「浜尾君と櫻井君か……彼女の方が年上だぞ」
「あら、美那子さんと沢渡さんもそうよ。狩野さんと佐保さんも、柘植さんは……彼と15歳も離れているわ」
「知ってたのか。柘植さんと岡部真一が……」
「えぇ、柘植さんが話してくださったの。宗も知っていたのね、私と彼のこと……隠すつもりはなかったのよ」
「わかってる」
「私にとっては、もう過去のことなの」
彼の顔も忘れていたと淡々としている。
私が岡部真一のことをあれほど気にしたのはなんだったのかと思えるほど、珠貴は吹っ切れた顔をしていた。
「どちらが年上かなんて関係ないわ。それに……」
「それに?」
「いろんな記事が出て、心配したり惑わされたり、辛い思いもしたけれど、それぞれ落ち着くところに落ち着いたわね。
そう思わない?」
「そうだな。知弘さんと静夏も今回の騒動があったから、上手くまとまったようなものだ」
「真琴さんもそうよ。櫻井さんがおっしゃるように、おふたりにはチャンスだと思うの」
「何も変わっていないのは、俺たちだけか」
珠貴と並んでソファに座っていたが、彼女の膝に体を預けると黙って受け止めてくれた。
膝枕の感触はなんとも心地良いものだ。
横になり乱れた私の髪を、珠貴の手がなでながら優しく梳いていく。
「少なくとも母の気持ちは変わったわ。
私が高熱で入院していた間、あなた、毎日様子を見に来てくれたでしょう?
朝と夜、欠かさずお見舞いに来て下さって、なんて熱心な方なんでしょうって感動して。
あれからね、母が宗の味方になったのは」
「俺としては、須藤社長の気持ちの変化を期待したが甘かったよ」
「そうでもないのよ。漆原さんの経済誌の記事を読んで、父もずいぶん心が動いたみたい。
近衛君は行動力がある、見込みがあると母に話したそうだから」
「それにしては家から出すつもりはないと、強固な姿勢だったじゃないか」
「父は素直じゃないから……でもね、青木の祖母は大丈夫だと言ってくれるのよ。
少し時間がかかるでしょうけれど、じっと待ちなさいって」
青木とは珠貴の母親の実家で、祖母と近衛の大叔母は親交がある。
それで肩入れしてくれているのだろう。
「ただじっと待つってのもなぁ。どれくらい待たされるのか」
「でもね、あなたと父は似ているんですって」
「何が似ているものか、俺はあんなに頑固じゃない」
ふふっとまた笑われた。
人肌の温かさが頬に伝わってくる。
珠貴の膝は安らぐだけでなく、私を眠りに誘うらしい。
いきり立った感情も謎だらけの頭も、温かい膝の上ではどうでもよくなってきた。
「クリスマスだけど、イブの予定は……」
珠貴の口はまだ動いていたが、その声がだんだんと遠くなってきた。
明日の朝、目が覚めて手をのばした先に彼女の肌があるだろうか。
いまの私の最大の関心事は、こんなささいなことだ。
「聞いてるの?」 といわれた気がして 「聞いてるよ」 と返しながら、私は頼りなくなった瞼を閉じた。