ボレロ - 第三楽章 -
8, largamente ラルガメンテ (ゆったり遅く)
この一週間ほど、須藤専務へ取材依頼が大幅に増えていた。
そのほとんどが静夏ちゃんの受賞に関するもので、受賞した本人が海外に滞在中であることと、体調を理由に取材を断っているため、夫である知弘さんへ取材陣が押し寄せてきたのだった。
それまでのマスコミの対応は苦痛を伴うものが多かったが、今回に限っては取材に応じる知弘さんの顔も柔らかく、止穏やかなやり取りが行われている。
仕事納めでもある今日も、ある雑誌社の取材を受けていた。
社員や来客が行きかう本社ロビーの一角でインタビューが行われていたが、マスコミの取材に
興味があるのか立ち止まる人の数もふえている。
取材が終わり知弘さんが立ち上がると、待っていたように遠巻きに取り囲んでいた社員から 「おめでとうございます」 の声とともに拍手があった。
知弘さんから 「このたび妻が大きな賞をいただきました」 とあらためて報告があり、受賞作は、いずれ本社ロビーに飾られることになると知らされると、周囲から感嘆の声とひときわ大きな拍手がまきおこった。
機材の片付けにはいっていた取材陣が社員に囲まれた専務に気づき、またカメラを取り出した。
社員から祝福される様子は、絶好のシャッターチャンスととらえたようだ。
次々と向けられるお祝いの声に応じていたが 「お時間です……」 と秘書から声がかけられた。
それを機に 「ありがとうございます 来年は活気溢れる年にしましょう」 と締めくくり
「先の予定があるので、これで失礼します」 と断るものの、その声がかき消されるほど社員からお祝いの言葉が寄せられていた。
彼らへ時間ギリギリまで対応し、最後は駆け足で待機していた車に乗り込んだのだった。
静夏ちゃんが急遽帰国することになり、午後の便で到着の予定になっている。
結婚後初めての新年を日本で一緒に迎えられるのだから、静夏ちゃんを迎えにいく知弘さんも
どんなに嬉しいことだろう。
いってくるよと私へ告げた顔は幸せに満ちていた。
「専務、いいお顔をしていらっしゃいましたね」
「えぇ。すべて良い方向へ進んで羨ましいわ……変わらないのは私だけね」
「室長……」
蒔絵さんも返事に困るだろうと思いながら、親しさからつい愚痴が出ていた。
静夏ちゃんが予定を変更して年末に帰国したのは、受賞の報告と結婚を正式に発表するためだった。
内輪ではあるが、親族へのお披露目も行う予定だという。
日本で出産することになり、両家の両親がなにより喜んでいると知弘さんから聞いた。
二人の幸せは、いまの私には眩しく映る。