ボレロ - 第三楽章 -
知弘さんと静夏ちゃんだけでなく、ほかの人々もそれぞれ前へ踏み出していた。
今回の騒動の中心にいた一人ではあったが、心身ともに傷を負った浅見さんは 『SUDO』 を退職後、母親の元へ帰り療養中だった。
先日お見舞いをかねてお会いしたところ、体調も回復し顔にも明るさが戻っていた。
弟の近衛本社への復職が決まりました……と嬉しそうで、彼女も仕事の復帰を考えていると前向きな様子が見られた。
浅見さんほどのキャリアがあればどこでも大丈夫ですね、と伝えると、柔らかい笑顔を見せてくれた。
彼女が起こしたトラブルに巻き込まれ危ない目にもあったのに、不思議とわだかまりはなく、
早く立ち直って欲しいと願うばかりだ。
浅見さんと相互派遣された堂本さんはそのまま近衛側に残り、重役秘書として頼りにされていると宗から聞いている。
責任を感じて辞表をだした真琴さんは、いまフランスのリヨンにいる。
空港へ追いかけていった櫻井さんの説得にも応じず、かたくなな心のまま旅立ったが、近々真琴さんの元へ行くつもりだと、櫻井さんから知らせをもらった。
ふたりでこれから先のことを話し合ってきますと、明るい声だった。
宗は櫻井さんの言葉を聞いても、いまだに信じられないと言っていたが、少しずつ事実を受け入れているようでもある。
この先、真琴さんのそばには櫻井さんがいることだろう。
俺たちだけ何も変わってないな……
宗がポツンともらしたひと言が寂しそうだった。
「彼には、そんなことない大丈夫よ、なんて言えるのに、蒔絵さんにはつい弱気なことを言ってしまって……ごめんなさいね」
「いいえて……私でよければいつでもお聞きします。
来年はきっといいことがあります。きっと」
公私共に付き合いの深い蒔絵さんは、私の苦しい立場も厳しい現実もわかったうえで、きっといいことがありますと言葉をかけてくれた。
恋愛において私よりもっと厳しい立場にあるはずなのに、彼女の言葉はいつも前向きだ。
蒔絵さんが言うように、来年は良い方向へ向かうと信じるしかない。
「そうね……来年は専務にあやかって、私たちも良い年にしましょうね。
そのまえに仕事を片付けなくてはね。行きましょうか」
「はい」
知弘さんの乗った車が走り去った方角をぼんやりと見つめていた顔を引き締め、今年最後の仕事であるお得意様への納品のため、蒔絵さんと連れ立って本社をあとにした。