ボレロ - 第三楽章 -


「珠貴ちゃんが赤ちゃんを産んじゃえばいいのよ。そしたら、一気に解決でしょう」 



怖いもの知らずとは妹のような言動をさすのだろう。

父の顔はそれまでになく強張り、声は罵声となって部屋に響いた。



「珠貴、そういうことなのか!」


「ちがいます。紗妃ちゃん、紛らわしいこと言わないで、あなたは黙っててちょうだい」


「はぁい」



部屋に行きなさいと母の小さな声に促され、紗妃はリビングから出て行った。

この場をどう収めようか、父の怒りは簡単に収まりそうにない。

感情的になったほうが負けだ。 



「話を戻しましょう。私がお父さまにお聞きしたのが間違いでした。もう何もいいません。 

宗一郎さんからお話があるでしょうから、お二人でお話をしてくださいね」


「話などない。私の気持ちは先日言ったとおりだ。おまえを須藤の家からだすつもりはない」


「ですが、この前は宗一郎さんのお話を聞く前に、お父さまが一方的におっしゃったではありませんか。

宗一郎さんのお話を聞いて、それでも気持ちが変わらないのでしたら、彼にそのようにおっしゃってください」


「それでいいんだな」


「はい、私の気持ちも変わりませんので」



では、おやすみなさいと言い残し、両親を残しリビングを立ち去ったのだった。


私がいなくなったあと、父と母のあいだでどんな会話がかわされたのか。

父の考えはどうなったのか……

母は意見をしてくれたのか……

翌朝の両親の様子から推し量ろうとするが、父は憮然としたまま新聞に目を通すだけで、何を考えているのか皆目わからない。 

母は父に黙って寄り添っているだけで、心の奥をうかがい知ることはできなかった。





膠着状態のまま二日が過ぎた。

仕事納めのあと休暇にはいったはずなのに、出社すると言い出した父も気まずいと感じているのだろう。

父を見送った母が大きなため息をつき、前を向いたまま話し出した。



「本当にそっくりね」


「どなたに似ているの?」


「青木のおじいちゃま」


「えっ、お父さまと? 似てないわ」


「いいえ、おんなじ……」



そういうと、また大きなため息をついている。

決めたことを曲げない父と穏やかな青木の祖父が似ているなんて、母の目はどうかしている。

首をかしげながら母の後ろに控えていたが、急に私を振り向くとこんな言葉を伝えてくれた。


「珠貴ちゃん、焦ってはいけないわ。時間をかけること、いいわね」


「はい……」



寒の強い朝だったが、母の言葉が温かく胸に伝わってきた。

大晦日が翌々日に迫っていた。


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