ボレロ - 第三楽章 -
今夜の父は上機嫌で、昨日までの仏頂面はどこにもない。
それというのも嬉しい訪問者があったためで、伊豆の祖父母、知弘さんと帰国したばかりの静夏ちゃんを我が家に迎えていた。
静夏ちゃんが宗の妹であることから、父が冷たい態度で接するのではないかと心配したが、初対面の彼女へ
「体調はいかがですか」 といたわる言葉をかけながら、和やかに会話が進んでいる。
会話の中で 「お義兄さま」 と呼ばれ、父もまんざらでもない様子だ。
年内に私たち家族へ結婚の報告と挨拶をしたいと知弘さんから伝えられ、晦日の今日顔合わせが決まった。
祖父母の屋敷にみなを呼び、新年を伊豆で迎えるのはどうだろうかと祖父は考えたようだが、帰国まもないのですから静夏さんをゆっくり休ませてあげなくては、との祖母の意見に我が家で対面となった。
年末は慌しい、時間など取れないといっていた父だったのに、知弘さんの話を聞くや否や自分の予定を変更した。
兄としては当然かもしれないが、末弟である知弘さんの結婚をことのほか喜び、身重の静夏ちゃんの負担にならないようにと、家の者に細かい指示までしている。
もちろん私にとっても喜ばしいことであり、急な忙しさに見舞われた母を助けるため準備を手伝ったが、数日前私に言ったこととは異なる父の言動に、釈然としないものを感じているのも事実だった。
難しいだろうと思われていた知弘さんと静夏ちゃんの結婚は、意外なほどすんなり親族に受け入れられた。
企業合併の噂から近衛家の方は困ります……と言っていた叔母たちも、静夏ちゃんのコンクール入賞の知らせを聞き態度が変わった。
受賞作が布を素材としたものであり、繊維を生業とする須藤家に貢献したというのが大きな理由だった。
作品がマスコミに取り上げられるたびに 『SUDO』 の名が表にでて、受賞者は専務夫人であると紹介されるのだから、世間の評価を気にする親族にとっては鼻高々だった。
「小さい頃から静夏は運が強いんだ。ここ一番ってときに運に恵まれる。羨ましいよ」 と宗は言っていたが、そのような運に恵まれない私は、どうやって困難を乗り越えたらいいのだろう。
父にはいつまでも待ちますと大見得をきったが、私の意地もいつまで持つだろうかと、早くも弱気な心が頭をもたげ始めていた。
年内は会えそうにないよと昨夜の電話で宗から言われ、それだけでも寂しい思いをしているのに、父の許しが出るまで悠長に待つことなどできるのか自信がない。
久しぶりの再会を喜びながら、静夏ちゃんも私と宗のことが気になっているのか、一年の猶予を……と言っておきながら、こんなことになってしまって……と申し訳なさそうな顔をしている。
「静夏ちゃんは自分で未来をつかんだの。私も頑張らなくちゃ」
「珠貴さん……」
まだ言い足りない顔をしていたが、紗妃がそばにきて私たちの話はそれまでになった。
興味津々の様子で静夏ちゃんのおなかを撫でている紗妃を見ながら、姉と妹のおかれた境遇の差というものを考えていた。
先に生まれたかあとで生まれたかで、こんなにも立場が違ってくる。
妹は何をしても許されるが、長子である私はそうはいかない。
なんて不公平なんだろう。
あぁ……まただ……
最近の私は、気がつくとマイナス要因ばかりを並べている。
気分をかえるために 賑やかな席をそっと抜け出した