ボレロ - 第三楽章 -
「結歌に会ったんですってね」
「あぁ、いろんな意味で驚いたよ」
「聞いたわ。彼女、海よりも深く反省してます。宗さんに足を向けて寝られません、って言ってたわよ」
「俺がいる方角をわかって言ってるのか? 面白いことを言う人だ。気にするなと伝えてくれよ」
「えぇ、伝えるわ。彼女、楽しい人でしょう」
「珠貴の友達にしてはユニークだな」
「ふふっ、そうね。でも、彼女がいたから頑張ってこられたの。結歌にずいぶん助けられたわ」
岡部と別れたあと、傷心のままイタリアに行った珠貴のもとを何度も訪れ、励まし続けてくれたのが波多野結歌だったそうだ。
珠貴が帰国したあとも、彼女はそのまま海外にいたが、その間も交流が続いていたという。
私のことも話し写真も見せていたそうだ。
神社で偶然私を見かけて、軽い気持ちで冗談を仕掛けたということだった。
「結歌は間違いなく私にとって一番大事な友人よ。近いうちにちゃんと紹介するわ」
「楽しみにしているよ」
珠貴とそんな話をした数日後だった。
あの丸田会長から電話があり、個人的に話がある、時間を作ってくれと伝えられた。
丸田会長に会ったのは一度きり、それも一方的に話しかけられただけだ。
何の話だろうか、また延々と演説を聞かされるのかと思いながらも、指定された日時に約束の場所へと赴いた。
案内されたのは和室で、丸田会長の姿はまだなかったが4人の席が用意されていた。
神妙な面持ちで座っていると、廊下から複数の声が聞こえてきた。
座敷に姿を見せた丸田会長の後ろから入ってきた人を見て、立ち上がりかけた体が硬直した。
そこにいたのは須藤社長だった。
予想もしない展開にどう対応してよいのかわからず、強張った顔のまま頭を下げたのだが 「先日は失礼したね。 また、あらためて時間を持ちましょう」 と穏やかに声を掛けられ、少々戸惑った。
ともかく悪い状況ではないとわかり浮かせた腰を下ろした。
そして、もうひとり……初めて会う人物があらわれた。
丸田会長と親しい間柄のようだ。
「やぁ、待たせたね。楽にしてくれ。紹介するよ、波多野君だ。私の後輩でね、今は……」
はたの……波多野……あっ!
あなたは……と言いかけると、温厚な顔のその人は何も言うなと言うように口に指を立てた。
親しみのあるまなざしを向けられ、その顔と先日会った波多野結歌の顔が重なった。