ボレロ - 第三楽章 -


宗も続いて立ち上がり、窓辺へ歩きかけた私の肩をつかみ体を振り向かせようとしたが、私は肩の手を乱暴に振り払った。



「珠貴!」


「……」



叩きつけるように名前を叫んだ宗に噛み付くように唇を覆われ、言葉のすべてを飲み込まれた。

乱暴なキスだった。

体を押さえ込まれながらも抵抗し続けたが、鍛えられた宗の体にかなうはずもなく、自由を奪われた体は、やがて抵抗を止めざるを得なくなり、力尽きて膝が崩れるありさまだった。

それでもまだ、宗のキスは続いていた。

このままでは屈してしまう……

残った力を振り絞って宗の体を突き飛ばした。



「やめて、卑怯だわ」


「卑怯って、なんだよ。 君が話をすりかえるからいけないんだ」


「じゃぁ、そういえばいいじゃない。力で抑えようなんて……そんなのいや……」



私の言葉を聞いて宗の顔色が変わった。

力ずくでねじ伏せようとしたことに気がついたようだ。

悪かったと素直な謝罪の言葉があった。



「イライラしてた。君に当たるつもりはなかったんだ」


「……私も言いすぎたわ」

 

すっと伸びてきた手に、慈しむように抱き寄せられた。

彼の乱れた息がだんだんとととのっていく。

比例するように心の波も静まってきた。

唇の先が触れ合うだけのキスのあと、ゆるやかに腕に抱かれた。



「イラつくようなことって、何かあったの」


「昭和織機の丸田会長だが、どんな人物か知ってるか」


「昭和織機はウチの大きな取引先よ。会長は先代から引き継いだ会社を倍以上になさったとか。

それだけに強引な方だとも聞いているわ。それに、良くも悪くも面倒見の良い方でもあるそうよ」


「良いのはわかるが、悪いってのはどういうことだ」


「一口で言えば……おせっかい。頼みもしないことまで口を挟んでくるんですって。父も苦手にしているみたい」


「だよなぁ……」


「丸田会長がどうしたの?」



丸田会長に呼び出され約束の場に行ったところ、そこに私の父と結歌のお父さまも同席していたというのは、先日の電話で聞いていた。


単身初詣に行った父に会うため宗は密かに神社に出向き、そこで無事に父と会うことができたが、私の友人である波多野結歌のいたずらにより、父は宗に腹を立て立ち去ったのだった。

責任を感じた結歌は、誤解を解くために父親を通じて私の父に話をしてくれた。

結歌のお父さまは、経済産業省の局長の任にある方だ。

帰宅した父は、私の友人の父親が経済産業省の官僚であったことに驚いたと言いながら、良い方と知り合えたと機嫌がよかった。


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