ボレロ - 第三楽章 -
結歌に連れられマンションの一室を訪ねた。
玄関に現れた方が、結歌のいう 「すごい人」 らしいが、どこがどのようにすごいのか、お目にかかっただけではわからない。
女性の年齢を見た目で言いあてるのは難しいけれど、私たちの母親と同じ世代か、もう少しお若いだろうか 。
ほとんどメイクを施していない肌が、ツヤツヤと滑らかな女性だというのが私の第一印象だった。
結歌は面識があるようで、二人がにこやかに挨拶をしている横で所在無く座っていると、
「友人を見ていただきたいのです。彼女、何か大きな力に阻まれているようなんです。
彼女へ言の葉をお願いします」
こんなことを言い出した結歌に、付き添いのつもりでいた私は大いに驚いた。
私は、占いやお告げの類をまったくといっていいほど信じていない。
雑誌の占いの欄に目を通すこともまれで、たまに目に入っても読んだ先から忘れてしまう。
占い師などと言う人種は、私の中では 「怪しい人」 のカテゴリーに入っている。
結歌には申し訳ないが、ニコニコと微笑みながら私を凝視する 『キョウコ・コダマ』 さんに警戒心さえ
持っていた。
「あのね、私はいいから結歌がみていただいて。ねっ、そうして」
「だめ! 手を尽くしたけど、どれもこれも上手くいかないじゃない。
私も責任を感じてるの。キョウコ先生なら、きっと良い言の葉をくださるわ。
私を信用して」
結歌が私を思って 「有名なキョウコ先生」 を紹介してくれた、それはとてもありがたいし嬉しいと思う。
けれど……正直なところ、私にとってはありがた迷惑だ。
彼女の心を傷つけずに断るにはどうしたらよいものか、遠慮しますと言葉を並べながら断るきっかけを探していた。
ところが、キョウコ先生の話はいきなり始まった。
「強運の持ち主でいらっしゃいますね。加えてご自分の才で運命を切り開く力もおもちです。
いま、大きな壁があなたの前をふさいでいるようです。さぞお辛いでしょう」
「私のことをお伝えしたの?」 とささやくと 「名前と生年月日だけよ。お言葉のあいだは黙ってて」 と結歌に注意された。
名前と生年月日だけで鑑定をする人は数多くいるときく。
キョウコ先生もそんな一人なのだろう。
誰しも困難の一つや二つ抱えているものだ、強運の持ち主でも、それを生かしていないと言えば誰の鑑定でも通るのではないか。
私は疑い深くキョウコ先生の言葉を分析した。
「心配はいりません、近く難が運に転じます。すでに動き出しています。
けれど、望む結果はすぐには見られないでしょう。
いつまでも困難が続くのではないかと諦めたくもなるでしょう。
それでも結果を求めて焦ってはいけません、待つのです。
そして、時がきたら、その手でつかむのです」
「近くとは、いつですか」
「珠貴、質問はあとで……」
「明日の朝、良い知らせがあるでしょう。
今週末、大きな動きがあります。あなたの将来を左右するものです」
「明日の朝ですか……お話をうかがって迷いが消えました。
ありがとうございました」
「珠貴、ほかに聞きたいことはない?」
「いいえ」
「本当にいいの?」
首を縦に振った私を、キョウコ先生はにこやかにご覧になった。
もう一度礼を伝え、まだ話を聞きたそうな結歌を促し玄関へと向かう私に、後ろから声がかけられた。
「真珠を持つ方ですね」
「えっ? はい……あの」
「お父さまですね」
「そうです。どうしてそれを?」
「真珠を必要となさる方が、あなたのお近くにいらっしゃいますよ」
「そうですか……では失礼します」
キョウコ先生と私のやり取りに、しきりに首をかしげる結歌の腕を引き玄関を出た。
「真珠ってどういう意味なの?」 と不思議がる彼女を、今度は私がタクシーに押し込んだ。
「特別な意味はないわ。私の名前に珠の字が入っているから、そうおっしゃったんでしょう。
父が私の名前をつけたこともお伝えしたの?」
「いいえ、そんなこと言わないわよ。事前に名前はお知らせしたけど、漢字はご存知ないわ」
「えっ……それじゃ、さっきのは予言なの?」
「予言じゃない、言の葉よ。コ、ト、ノ、ハ。
珠貴、キョウコ先生のお言葉を信じてなかったでしょう。
明日の朝、良い知らせがあるはずよ。それが本当だったら信じるわね?」
「そっ、そうね……」
まだ半信半疑だ。
いえ、80%は信じていない。
けれど、迷うことなく告げるキョウコ先生の言葉には清々しさを覚えた。
明日の朝、誰から何を知らされるのか、そうでないのか。
いずれにしても、何事にもあらがわず時を待とうと心が決まった。