ボレロ - 第三楽章 -
『アインシュタイン倶楽部 会則その一 ・・・ 当倶楽部で話された事柄は口外厳禁とする』
「会則その一」 は ”ここだけの話” をするには非常に都合の良い決まりで、いかなる事柄もオープンに語ることが出来る。
ホテルマンの守秘義務はどこへいったのか、狩野の口は軽やかに動き出した。
「丸田会長は国会議員の先生方にも顔が利く。財界の大物にも知り合いが多い。
それは付け届けや手土産の効果であって、会長の人柄にほれ込んでと言うのではなさそうだ。
つい先日のパーティでも、近衛の縁談相手を探しをしていたが、俺の見たところ嫁候補の選定に難航している。
近衛とお近づきになるのはいいが、仲立ちをした丸田会長に頭が上がらなくなるからな」
「押しの強さと強引なやり方で事業を進めてきた方だから、敵も多いはずです。
僕にもいろんな噂が耳に入ってきます。
狩野君、その辺はどうかな。君なら気がついたこともあるんじゃないかな」
「敵か、丸田会長の天敵でもいればなぁ。あのひとの弱点が見つかれば攻められるんだが……
霧島君が聞いた噂ってのは?」
「妻の母から聞いた話だが、丸田会長が孫の交際相手に、ひどい仕打ちをしたらしいと言って
憤慨していたよ。
孫息子は女性との結婚を望んだが、家柄を盾に丸田会長である祖父の大反対にあったとか。
といっても、男女の間は第三者にはわからないから、一方的に判断はできないがね」
霧島君の妻の美野里さんは現在妊娠中で、娘の体を心配して訪ねてきた美野里さんの母親が
「世の中には可哀相な方もいるものですよ」 と話したもので、名前は口にしなかったが、ひどい仕打ちをしたのは丸田会長であるらしいとほのめかした。
一方的に判断はできないが……と言い添えたところが、いかにも霧島君らしい。
その孫と言うのが、どうも珠貴の相手として丸田会長が勧めてきた男だと思い当たり、とんでもない相手を押し付けたものだと、ハラワタが煮えくり返る思いがしたが、ここで話の乗っては彼らの思い通りになってしまう。
怒りをひとまず押し込め、成り行きを見守ることにした。
「その話、僕も聞いたな。相手の女性は家柄に釣り合わない。
嫁として認めていないという理由で、子どもが生まれても知らぬ振りだそうだ。
噂では会長が無理やり別れさせたということだったが、あの人ならやりかねないね」
「その孫って、丸田会長が勧めてきた珠貴さんの縁談相手じゃないですか。
子どもの存在をもみ消して縁談を勧めるなんて、許せないな。
沢渡先生は、丸田会長を個人的に知ってるんですか?」
「直接お目にかかったことはないが、ウチの病院に毎年健康診断にいらっしゃる。
特別室に入って総合健康診断コースを受けてくださるから、病院側としては上得意客ですが、
スタッフの評判はよくありませんね。とにかく態度が横柄で、人を見下した物言いをなさる。
若い医師が対応しようものなら ”俺を馬鹿にしているのか!” と怒鳴り散らすんですから」
「わぁっ、最悪ですね。丸田会長をやっつける方法はないでしょうか」
「平岡、それをここで話し合おうってんだ。おまえも知恵をだせ」
私の思惑などお構いなしに 「丸田会長を懲らしめる相談」 は盛り上がりを見せている。
勝手にやってくれ……と半分投げやりになっていたのだが、建設的な意見も聞こえてきて、私も徐々に興味がわいてきた。