ボレロ - 第三楽章 -


「丸田会長に好条件を示し、須藤サイドに誘導してはどうだろう」


「好条件とは? 霧島先輩、具体的な考えがあるんですか」


「財政的な不安はすべての不安につながります。

昭和織機は資金面に多少問題があるらしいので」


「えっ、見た目より利益が上がっていないということですか?」



堅実な霧島君は目の付け所が違う。 

それにいちいち驚く平岡は、なんとも間抜けに見えるではないか。

だが、問題がある……と霧島君がほのめかしただけで 「見た目より利益があがっていない」 と言い当てたのはよしとしよう。

頭の中でこんな分析をしながら、霧島君と平岡のやり取りを続けて聞くことにした。



「うん。だから、もし大口の融資が受けられれば、まず間違いなく」


「昭和織機は飛びつく……そうですね」



霧島君が満足そうに頷き、仕組みがわかってきた平岡は、またも感心している。



「融資といっても、簡単には銀行は金を出さないだろう」 と狩野がもっともな意見を述べると 「特許を担保にすれば可能です。将来性のある特許だと、こちらで銀行側に宣伝すれば効果的だ」 と霧島君が策をだす。

それを受けて 「もともと返済は厳しいんだ、もし融資された金額を返済できなくなったとしたら」 と沢渡さんがニヤリと笑う。



「一気につぶれるな。それだけじゃない、向こうの特許は差し押さえられる。

丸田会長を追い込めるぞ!」 



狩野が上気した顔で結論付け、座は一気に盛り上がりを見せた。



「待て待て、待て! 会社をつぶすのが目的じゃない。社員の家族を巻き添えにはできない」



白熱した討論が暴走しかけて、私はあわてて口を挟んだ。

いい案だと思っていた霧島君の計画だったが、過激な意見が飛び出しあらぬ方向へと向かっていた。

私がストップをかけたことで討論の熱は一気に下降し、みなの顔に落胆の表情がただよっている。
  
ふと壁際に目を向けると、特別顧問の羽田さんが静かに微笑を浮かべていた。



「羽田さん、今夜はまだ発言していませんね」 


「お話が楽しくて聞き入っておりました。

みなさまの頭脳が結集したなら、向かうところ敵なしではないでしょうか」



口の端が微妙に上がり、実に楽しそうな顔をしている。

いつも多くを語らない羽田さんだが、今の発言は謎かけのようだ。



「その顔は何か考えがありますね。ぜひ聞きたいものです」


「考えと言うほどのものではありませんが……」


「羽田さんは倶楽部の顧問ですから、どうぞなんなりとおっしゃってください」


「私も ”会則その一” に従ってよろしいでしょうか」


「もちろんです」


「では……昔よりのお客さまのご紹介で、丸田さまを 『シャンタン』 の会員としてお迎えして三年ほどになります」



そこでいったん言葉をおいた羽田さんは、一度大きく深呼吸をした。

「私の話も ”会則その一” に従ってよろしいでしょうか」 と言った顔に、ギャルソンのときには見せたことのない企みを含んだ笑みが浮かんだ。

ホテルマンと同じく、客のプライベートを口外してはいけない立場の羽田さんが、まさか 『会則その一』 にのっとって話をしてくれるとは思いがけないことで、円卓の面々は、テーブルから身を乗り出すようにして羽田さんの次の言葉を待った。



「丸田さまのご気性を拝見しておりますと、激したおりなど感情をよりあらわになさいます。

追い詰められると、かえって刃向かってこられるのではないでしょうか。 

丸田さまがお困りの顔も見てみたい気もいたしますが、それより……」


「それより?」


「ご機嫌よくなっていただいてはいかがでしょう」


「はぁ?」



羽田さんの言葉の真意がまったく掴めず、私だけでなくテーブルの全員が首をかしげた。

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