ボレロ - 第三楽章 -
珠貴の膝に頭を預け、安息のひと時をすごす。
緊張から解き放たれた体は、どこまでもだらしなく伸びきっていた。
「お仕事が忙しそうね。疲れているみたい」
「うん……疲れていたが、珠貴の膝を借りたら元気になった」
「嬉しいことを言ってくれるのね」
膝に覆いかぶさってきた顔が、私の額に軽く触れる。
そこじゃ嫌だというように指で唇を弾くと、素直な顔は私の唇に重なってきた。
甘やかな接吻が疲れた心身を癒してくれる。
癒されながら体の奥で欲望が頭をもたげてきた。
彼女の肩を引きよせ腰を抱く。
私の手にされるがままに従う体は、ソファの上で重なった。
欲望をさらに引き出そうとする手を受け入れながら、珠貴の口から艶とはほど遠い言葉がこぼれてきた。
「静夏ちゃん、退院後はご実家に戻られるの?」
「あぁ、そうだと思う」
「残念だわ……」
「どうして珠貴が残念なんだ」
上下の体勢を変え顔を見下ろすと、いかにも残念そうな顔がそこにあった。
「ご実家に会いに行くのは無理ですもの。お顔を見たいわ、しばらく会えないのね。寂しい」
「そんなに冬真に会いたい?」
「えぇ。赤ちゃんが手足を動かしている姿って、本当に感動的なのよ。
ちっちゃなおてても、あしも、おくちも……可愛すぎて……」
「産めばいいじゃないか」
「えっ」
この前飲み込んだ言葉を、今日はためらいなく口にした。
見上げる顔は驚きを隠せず、目を大きく見開いている
「いいの?」
「いいに決まってるじゃないか。いけない理由でもあるのか?」
そうだ、いけない理由などない。
結婚が先か、子どもが先か、その違いだけなのだから。
「その気になったら、いつでも協力するよ」 と冗談を言ったつもりだったのだが、見開かれた珠貴の目は潤み、今にも雫がこぼれそうだ。
「宗……ありがとう……」
頬にこぼれでた雫を唇で吸い取り、涙を含んだ唇を重ねていく。
「ありがとう」 の言葉が返って来るとは思わなかった。
なぜこのと珠貴が 「ありがとう」 と言ったのか、私がそれを知るのはもう少し先のことだった。