ボレロ - 第三楽章 -

12, andantino アンダンティーノ (少し速め) 



この雨で花の盛りも終わりだろうか……

画像から視線をはずし、窓ガラスを伝う雫に目をやる。

朝方から降りだした雨は、昼を過ぎてもやむことはなく地面をぬらし続けていた。


『雨の桜って情緒がありますね。誕生日ディナー楽しみにしてます』


桜の前で、女の子のお決まりのポーズで写真に納まっているのは、珠貴の妹の紗妃ちゃんだ。

友達にでも写してもらっただろう一枚と、先の一行が送られてきた。

愛嬌のある顔でピースをした制服姿の彼女と、メールの 『情緒』 の文字がアンバランスだったが、『楽しみにしています』 の後ろにつけられたハートマークは年齢相応だ。


『この雨で散るだろう。桜も見納めだね。ディナー、こちらも楽しみにしています』


そう返信しメール画面を閉じた。 

早生まれの紗妃ちゃんは、先月末16歳になった。

誕生日プレゼントは何がいいかと聞いたところ、

 

「ディナーがいいです。ドレスコードのあるレストランが希望なんですけど……いいですか」 


元気で物怖じしない紗妃ちゃんらしからぬ……といってはなんだが、遠慮がちな申し出があった。

須藤家の家訓のひとつで、学校行事は別として、15歳まで夜の外出は禁止だそうだ。

家族で食事に出かけることもなかったのかと聞くと、「ありません。私はいっつも留守番でした」 と不満そうに頬をふくらませながら教えてくれた。



「須藤のおばあさまが決めたんですって。15歳までは大人の領域に入ってはいけない。 

特に女の子はきちんと躾をしなくては……なんて理由みたいだけど。 

でもね、この家訓、ちゃんと守ってるのはウチだけなの。 

いとこなんて、隠れて出かけて、見つかっても怒られないんですよ。不公平だわ」



その代わり、16歳の誕生日を迎えると夜の外出も解禁となり、本人の意思に任される。

当然、責任も伴い大人の扱いとなる。 

自由になる反面、自己管理も求められるのだから、今の16歳にとっては厳しい面もあるのではないか。

昔の16歳は、それほどしっかりしていたということでもある。
 

須藤のおばあさまというのは須藤会長の前夫人で、名家の出身だったと記憶している。

女子はこうであれ、といった躾がしっかり身についている最後の世代でもある。

姑の決め事を、彼女たちの母親である須藤夫人は律儀に守ってきたのだ。

時代の風潮にも流されず、古いやり方を守り通すことは容易ではない。

いまどきの高校生に見えながら、その内面にしっかりとしたものを持っている紗妃ちゃんは、こういうしつけられ方をしてきたのかと納得したものだ。

それは珠貴にも言える。 

どんな場面でも堂々と意見を述べ、異論があれば男にも対等に挑む彼女だが、時おり見せるたおやかさやゆかしさなど、古風な一面も持ち合わせている。



「珠貴ちゃんが16歳になったときは、知弘おじさまとお出かけしたんですって。 

わたしはまだ小さかったので覚えてないけど、写真を見せてもらったことがあります。

ふわっとしたワンピースを着て、お姫様みたいでした。 

だからわたしも……」



16歳になったら、大人の男性にエスコートしてもらってディナーに出かけるのが夢だった、小さい頃から憧れていたと言われ、その相手に指名されたことを光栄に思いながら、困ったことになったとも思った。 



「俺でいいのかな。ご両親に了解をもらわなくてはいけないからね。 

その、俺は、まだお姉さんのことで……」


「あっ、それなら大丈夫です。母にだけ話すので。

母は近衛さんのこと、信頼できる方だって、そう言ってました。 

だから、近衛さんなら絶対大丈夫です」


「本当に?」


「はい!」


「わかった。紗妃ちゃんの予定を教えて。それにあわせてディナーの予約をしておくよ」


「わーい、楽しみ!」



どんな服がいだろうか、靴にバッグも合わせなくちゃと、早くも当日の装いを思案し楽しげだった。

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