ボレロ - 第三楽章 -
数日後にせまった 「誕生日ディナー」 のために、珠貴が16歳のとき知弘さんがどのようにエスコートしたのか、話を聞いておこうと思い電話をした。
ひとしきり冬真の話を聞かされたあと 『そうか……紗妃もそんな歳になったのか』 と感慨深い声がした。
『特に気遣うことはないが、初めておしゃれをして夜出かけるから、気取ったつもりのレディーも相当緊張している。
エスコートする側は、余裕のある男であればいい』
『子ども扱いせず、大人の女性と同じようにってことですか』
『そう、大人の女性のように接する。その雰囲気だけで充分だよ。
紗妃のことだ、珠貴が16歳の頃はどうだったのか意識しているだろう。
負けたくない思いと憧れがある。
おしゃれにも力をいれながらも、今ごろ、君の前でテーブルマナーで恥をかかないように必死になってるだろうね
姉妹で刺激しあえるってのはいいね。
うん、やっぱり冬真にも弟か妹が必要だな』
また冬真の話に戻り苦笑したが、歳の離れた姉に憧れる妹の夢を叶える役もいいものだ。
などとのんきなことを思っていたが、ある事実に気がつきハッとした。
” 紗妃ちゃんが16歳ということは、珠貴は今年で…… ”
女性は年齢の節目にこだわりがあると聞いたことがある。
10代から20代へ進むときはそうでもないが、20代から30代にはいる前の29歳は、いろんな意味で物思う一年だと誰かが言っていた。
来月誕生日を迎える珠貴にも、そんな思いがあるのだろう。
だからあんなことを言ったのか……
昨夜、珠貴と一緒に見た夜桜の風情を思い出した。
ひっそりと佇む一本の桜の老木があると教えられ、二人で見に行った。
その木は丘の上から街を見下ろすように静かに立っていた。
何年も何年も、この場から街の代わりゆく姿を見てきたに違いない。
「百年近い樹木だそうだ。一世紀前の風景も見てきたんだな」
「数年なんて、この木にとっては瞬く間ね……
ねぇ、私たちが付き合って何年になると思う?」
「桜に対抗しようってのか? そうだな、3年くらいはたっただろう」
「4年よ」
「そんなになるのか。よく覚えてるな」
「このまえ日記を読み返したら、あなたに会った日のことが書かれてたの。
車の故障で立ち往生していた近衛宗一郎氏に再会、送り届けたってね」
「そうだった。珠貴に拾われたんだったな。そうか、4年も前になるのか」
「私も歳をとったわ」
「全然変わってないよ」
「そんなこと……女にとって一年一年が貴重なの。
すべてが衰える方へ進んでいくんですもの」
「俺は、むしろいい女になったと思ってるよ。来月は誕生日だ、盛大に祝おうじゃないか」
「ありがとう」
その顔が儚げに微笑んだのは、年齢を重ねることは仕方がないことと悟ったからだと思っていた。
珠貴がいま何歳であるのか、気にしたことはなかった。
彼女が30歳になろうが35歳になろうが、それは付き合った年数がたてば当たり前のことで、当然私も一緒に年を重ねているのだから、我々の関係にはなんの問題もないことだと思っていた。
29歳という歳に別れを告げることに、とりたてて意味を感じないのは男だけで、女性にとっては重大なことだ。
誕生日を盛大に祝おうなどと、なんと無神経なことを口にしたものか。
そう気がついたものの、珠貴の誕生日までひと月しかないこの時点で、いったい何ができるのか。
遅まきながら、私は彼女のためにできることを考え始めた。