ボレロ - 第三楽章 -


私たちが出会った頃、初めて食事をしたのが 『シャンタン』 だった。

珠貴に助けてもらった礼のための会食だったが、あれからどれくらいたっただろう。

オーナーでありながらギャルソンを務める羽田さんは、初めて珠貴を同行した日から彼女を 『特別大事な客』 と位置づけてくれている。

いつだったか、羽田さん自身の口から 「須藤珠貴さまは、魅力的な方でいらっしゃいます」 と伝えられた。

珠貴には、そこにいるだけで醸し出す空気があると言う。

人物評価としては抽象的ですねと言うと 「特別な気品をお持ちです」 と返事をした羽田さんの表現は、やや具体的になったが、それでもまだ、羽田

さんの言いたいことの半分もわからなかった。

だが、彼が珠貴に対し、常に最高のもてなしを心がけているということは、そばにいて感じられるのだった。


シェフも同じく珠貴の好みを熟知し、願わずとも彼女が喜ぶ一品が運ばれてくる。

料理を口にした珠貴は、自分の言葉で素直に感想を述べる、もちろん賞賛の言葉だ。

彼女の声はすぐに厨房に伝えられ、それは次の会食のテーブルに反映された。

私の皿と同じものが用意されているのだが、わずかに手が加えられ珠貴の好みにアレンジされた

一品となっている。

私の皿のものも同様に ”私好み” に仕上がっているのだろうが、珠貴の方がより目に見える形となっていた。

なぜ、こんなにも彼女だけ ”特別扱い” なのかと、少々の憤慨を心の奥に潜ませ、シェフに聞いたことがある。

聞かれたシェフは 「特別にご用意したつもりはございませんが……」 と言いながらも、「須藤さまより心からのお褒めをいただき、より励みとなりましたので」 と、名だたるレストランのシェフが、少年のように頬を染めて、

こう答えてくれたのだった。

そのときの答えは、いまでも私の記憶に鮮明に刻まれている。


『シャンタン』 は、最高のもてなしを目指す会員制のレストランである。

誰彼と入ることはできない、そのため……

上質の料理が提供されて当たり前だ、我々はその資格があるのだといわんばかりに、何の感想も感慨もなく、空腹を満たすための食事のように、黙々と食す客もいる。

彼らに ”心よりの言葉” を期待するのは難しい。 

珠貴の言葉には嘘や偽りがない。

自分は著名な人物である、美食家であると、恥ずかしげもなく口にする人々のように、過度の装飾の言葉ではなく、素直な表現で感想を述べる。

それが、羽田さんやシェフといった一流の腕を持つ彼らの心に響いた。


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