ボレロ - 第三楽章 -


目尻から伸びた数本の線は柔らかなカーブを描き、存在を主張しない眼鏡のフレームとあいまって穏やかな印象を与えている。

話を聞き入る顔に神経質な表情はなく、尖った感情もみられない。 

疑問があれば丁寧な言葉で問いかけ、親子ほども歳の離れた私を相手に、偉ぶるところなどひとつもなく、終止落ち着いた佇まいのままである。 

常に一段上にいなければ気がすまない気性の父親 『昭和織機』 丸田会長とは、似ても似つかない穏やかさは母親譲りだろうか。

バーカウンターに背を向けた半個室のテーブルに向かい合いながら、私は初対面に近い丸田望氏を冷静に見ていた。


父親と異なり温厚な人物だと聞いていたが、初対面の不安は簡単にぬぐえるものではない。

それは丸田氏に限ったことではなく、初めての相手に向かうとき誰もが抱く不安だが、昨夜、丸田氏は私との距離を一気に縮めてきた。

『シャンタン』 で私たちを見かけたとしても、声をかけずに黙って観察することもできたはずだ。

だが、丸田氏は紗妃ちゃんに話しかけ、自ら名乗るように私へ名刺を渡してきた。

よろしくお願いしますと、先に手を差し伸べられた思いがした。


現在の丸田望氏は、父親の会社とは無縁の業界に身をおいている。



「営業で入社しましたが、私に向いていないと思いきや、これが楽しくて……」 



本人はこのように謙遜するが、営業で頭角を現した丸田氏は、異例の抜擢で新規に配属された部署でもリーダーシップを発揮していく。

その力がさらに発揮されるのは、経営に携わるようになってからで、常務の職にある現在、次期社長に一番近い人物である……とは櫻井君と浜尾君が入手した情報によるものだ。

「経営手腕は父親譲りだと言われますが、父親を超えているのではないかともっぱらの噂です」 と、櫻井君らしい報告もあった。



今夜、私は最小限の自己紹介のみで本題に入り、自分が関わっている会社間の調整に苦慮している、なにとぞお力をお貸しいただけないかと、要点をしぼって話をした。

丸田会長によってむやみに持ちかけられた縁談や、珠貴と私の関係などは伏せた。

私たちは互いを牽制することもなく、疑りの目も向けず、語られる言葉そのままを信用した。

信頼関係はある程度の時をかけて築くものだが、丸田氏と私の間に 「時」 の必要はなく、まれにみる相性の良い相手に出会えたと思った。


『SUDO』 と 『ミマサカ』 の特許に関する技術の競い合いが生じていると聞いても、安易な見解を述べたりせず、それによって友人である須藤社長の会社が苦しい立場になりそうだと伝えてもうなずくだけだったのに、父親の丸田会長の目に余る言動に話がいたると、このときばかりは 「困りましたね」 と顔をしかめた。



「父の強引さは今に始まったことではありませんが、周囲の苦労はたえません。

なるほどねぇ……親父のもとを飛び出した私に話がくるわけだ」


「そういうつもりでお話をさせていただいたのではなく、お力をお借りできればと……」   


「申し訳ない。言葉が足らず誤解をさせたようですね。用件は承知しています。

いまのはひとり言でして……」



父親の愚行を正して欲しいがために、息子である丸田望氏に奔走してもらおうと願い出た……
 
そのように受け取られたのではないかと思い慌てて否定したが、丸田氏の言葉の意味は、ほかのところにあったらしい。

< 207 / 349 >

この作品をシェア

pagetop