ボレロ - 第三楽章 -


「知弘君と、近衛さんの妹さんが結婚したそうですね。 

若い頃の知弘君を、須藤は何かと心配していたが、いまは専務として片腕になっている。

心強いでしょう。父の暴走の理由は、その辺にありそうですね。

須藤家と近衛家が縁続きになったことで危機感をもち、あわてて横槍をいれ、無理難題を持ちかけた。 

そのために君は、こうして奔走しているわけだ。

先日、三宅会長からは、近衛君の話を聞いて欲しいと頼まれました」


「そうでしたか。私も、三宅会長から丸田常務にお会いするようにと助言をいただきました」


「あの三宅会長を動かすとは、君はいったい……」



丸田氏は私を 「君」 と呼ぶようになり、口調もくだけたものに変わってきた。

腹をわってきたとはいえ、三宅会長との関係を告げることはできない。

すかさず話の向きを変えた。



「須藤社長と長いお付き合いだそうですね。北園親方から聞いたので」


「ウチには須藤家のような立派な庭はないが、親方が丁寧に手入れをしてくれましてね。 

作業の合間に話をしていたら須藤の話がでて、親方に昔話を聞いてもらいました。 

須藤とはながらく行き来がなかったが、付き合いが再開したのは最近です。

だが、須藤から親父の会社と揉めてると聞いたことはなかった。

自分の苦境は口にしない、彼らしいな。学生の頃から変わっていない」



深夜零時を過ぎたバーには、我々のほかに客の姿はなかった。

グラスを重ねるごとに丸田氏の言葉が増えてきた。 

自らボトルを引き寄せ、空になったグラスをウィスキーで満たすと、また話を始めた。

ボトルの中身がなくなるまで話に付き合って欲しいというサインだと受け取った私は、朝までも付き合う覚悟をした。



丸田氏を見送ったのは、午前三時過ぎだった。

こちらが願い出て会う機会をもらったのに、別れ際の氏の言葉は 「ありがとう」 だった。



「君と話したおかげで私も決心がつきました。これで須藤にも恩返しができそうです。

近衛君、ありがとう」



少しふらつく体をタクシーに乗せ、丸田望氏は帰っていった。

「ありがとう」 の意味を私が知ったのは、それから10日ほど後のことだった。


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