ボレロ - 第三楽章 -
アインシュタイン倶楽部の集まりが 『シャンタン』 の一室で行われようとしていた。
全員が顔をそろえることは滅多にないのに、この日は珍しく全員が出席の予定だ。
「これはどうしたことだ? 何かが起こる前触れか?」 などと狩野の冗談に相槌を打っているさなか、櫻井君が飛び込んできた。
「丸田会長が引退を発表しました」
「引退発表だと? あの狸親父が、自分から辞めるとは思えない」
「本当です。現社長が会長になり、社長は外部から招くそうです。
宗一郎さん、新社長は誰だと思いますか」
ニヤッとした顔が私を見ている。
「俺がわかるわけないだろう」 と顔をしかめて答えたが、それでもなお 「考えたらわかるはずです」 と食い下がってくる。
「その人は、次期社長の有力候補と言われながら、社外からも引く手あまただったそうです。
経営手腕が欲しい会社が、こぞって口説きにかかっていたんですから。
それらを断って昭和織機入りを決めたんですよ。誰も予想してなかったでしょうね」
「もっとわかるように言ってくれないか。
こぞって口説きにかかってたって、そんなの俺が知るはず……まさか、丸田常務か!」
「そうです。ついさっき、新社長の会見が行われました。
就任を承諾したのは、昭和織機取締役会の要請によるものだそうです」
「なに? 取締役会は会長も社長も切り捨てたのか。社内でも分裂が起きてたんだな。
そういえば、丸田さんが、親父のもとを飛び出した私に話がくるわけだといっていたが……
そういうことだったのか」
「宗一郎さん、やりましたね」
櫻井君は大きく頷きながら手を差し出し、私はその手を力いっぱい握り返した。
「はぁ? どこが外部から招いたってんだ? 丸田ってことは一族だろうが」
「わかった! 丸田望氏だ。狩野先輩、丸田会長の三男ですよ。
どうしてまた、今ごろになって……」
「宗一郎さんが口説いたんですか? あの親父さんを引退させてしまうなんて、どんな手を使ったのか、じっくり聞きたいものですね」
狩野と平岡やり取りに、のんびりした調子で参加してきたのは沢渡さんだった。
「口説いたんじゃなく、お願いしただけですよ。
丸田の親父さんが困ったことをしているから、業界のために力を貸してくださいと話をしただけで……
そうか、決心がついたって言ってたのは、これだったのか」
「僕らが ”勝手に結婚式” を企画している間に、宗一郎君と櫻井君は、そんな楽しいことをやってたのか」
「宗、面白そうな話だな。詳しく聞かせてくれるんだろう?」
霧島君と潤一郎が、逃げられないぞと言わんばかりに私を見ている。
テーブル脇に立つ羽田さんも、期待をこめたまなざしを送ってきた。
今回のテーマも予定変更になりそうな気配だ。
すきっ腹を抱えていたが、ゆっくり食事をすることは私には許されないらしい。
目の前に置かれた前菜を乱暴に口に押し込み、ひとまず空腹をしのぐ。
「ほら、早く話せ」 とのみなの視線に促され、丸田望氏と私の間に交わされた密談を語り始めた。