ボレロ - 第三楽章 -
「控えめなお式もよろしいのではないでしょうか。
私個人の考えですが、華美な婚礼より挙式という点では、質素な方が意味のあるお式であるように思います」
「私もそう思います。結婚式に必要な部分だけを行うのですから」
「須藤さまは、婚約指輪の必要もないとお考えでは?」
「わぁ、どうしておわかりになるんですの?
宝飾部門に席をおく私が、このようなことを口にするのもどうかと思いますが、婚約指輪そのものに疑問を持っています。
婚約指輪は、”女を我が所有物にした” という昔の名残りです。
もちろん愛情の証としての意味もあるのでしょうが、私はさほど必要性を感じません」
「指輪の由来もご存知でしたか。指輪については諸説ございます。
結婚の約束を守らせるために指輪をはめさせた、結婚指輪を贈るまでのつなぎだったなど、女性を縛るためのものであった説。
指輪をはめる手とされる左手に婚約指輪をすることで、愛情の証としたというのが最近の通説になっております。
私も立場上、このようなことを申し上げるのはどうかと思いますが……」
至極真面目に話をされていたが、私と同じ言葉を口にされ、そこでふと顔を緩めた西村さんは、一気に結論に持っていった。
「婚約指輪は必ずしも必要なものではありません。
それは、過度の演出を加えたお式にも言えることです。
形や見た目にとらわれてしまっては、本来の意味を見失ってしまいます」
「えぇ、本当にそう思います。西村さんのお話、大変勉強になりました」
「私も、有意義なお話をうかがうことができました」
「おい、婚約指輪も必要ないそうだ。地味婚決定だな」
「うん……」
狩野さんにささやかれた宗は、うん……と言ったきり動かない。
彼は私の話を聞いて何を思っているのか。
ともあれ、西村さんとお話ししながら自分の考えが見えてきた。
「西村さんの言葉をお聞きして、自分の考えを再確認いたしました。
突き詰めると、結婚式は自分の人生のけじめをつける、そういうものだと思います。
私を見守ってくださった方への感謝の場であり、新たな道を進みますという宣言の場であるのですから、ドレスや内掛けなどとりたてて着飾らなくても、あらたまった服装であれば充分ですね」
「おっしゃるとおりです。結婚式とは、まさにそういうものです。
けじめを示すというお気持ちが肝心です。
お式の内容は、あとからついてくるものですから」
「ほぉ……二人の論説には恐れ入りました。論文が書けそうですね」
狩野さんの声に、ハッと我にかえり急に恥ずかしくなってしまった。
思わず熱く語ってしまったが、無言のままの宗は私に呆れているのかもしれない 。
と熱弁を振るったことを後悔していると、宗がおもむろに口を開いた。
「そういう考え方もあるのかと感心しながら聞いたが、考えてみればそうだな。
会社も創立何周年だの、何とか記念日なんてのをやる。
けじめをつけ、節目に立ち止まり、足元を見直すためだからな。
なるほど、結婚式の意味かぁ……」
「近衛、おまえの意見もなかなかじゃないか。
ブライダルにおける一考察として発表できそうだ」
「西村さん、論文を書いてみませんか」 と狩野さんが言うと 「いいえ、いいえ」 と大仰に手を振り 西村さんが遠慮する
楽しい掛け合いが続いていたが、私と宗はしばらくして部屋を辞した。
食事をしようという彼と一緒にエレベーターに乗り込んだが、ここでも言葉はなく一点を見つめていた。
無機質な壁を見ながら、宗がぽつんともらした。
「結婚式の必要性を、今日ほど感じたことはなかった」 と……
真剣な顔が次に何を言うのか固唾を呑んで見守ったが、無言のままエレベーターは上階へと達した。