ボレロ - 第三楽章 -
悪乗りしたような言葉につい言い返したが、宗に悪気がないことくらいわかっている。
「うぅん、過ぎたことだから……でも、遠堂君なら紗妃のことは別にしても欲しい人材だわ」
「だろう? ウチも欲しいよ。相当数の要人の顔と個人情報が、彼の頭に入っている。
有望株だぞ、つばをつけとくか」
「また、そんなこと言う……」
ときどき飛び出す乱暴な言葉も、宗が口にすればそれほど品を失わない。
ナイフでパテを切り分けるさまは、とりたてて変わったものではないのに、彼の手の動きには滑らかさがある。
作法を気取る男性もいるが宗が気取ることはなく、それでいて食事の仕草がさまになっている。
綺麗な流れでフォークを口に運ぶ姿をみながら、私は質問の機会をうかがっていた。
「なに」
「えっ?」
「珠貴が俺をじっと見てるときは、聞こうかやめようかと迷ってるときだ」
「どうしてわかるのよ……」
「長い付き合いだからね、わかるよ。それで?」
憎らしいほどの余裕で私に問いかける。
降参のため息を吐き、私はこの数日考えていたことを思い切って聞いた。
「みなさんが梶原さんの結婚式の企画をなさっていたとき、宗は何をしていたの?」
「俺が何もせず、みんなの役に立たなかったと言いたいのか? まぁ、そう言われても仕方がないが。
結婚式の企画なんて俺には向いてないから、彼らに任せただけだ」
「ウソ」
「ウソじゃない」
「あなたは人任せにできるような性格じゃないわ。先頭を切って走り回るはずだもの」
「どうしてそんなことが言える」
「長い付き合いですもの、わかります」
今度は宗がため息をついた。
ふうっと長い息を吐き、話す気になったのかフォークを置いた。
近づいてきたホールスタッフに目配せをし、皿が下げられるのを見届けると、宗は心を決めたように大きく息を吸い込み、そして静かに吐き出した。
「結婚式の発起人になってもらうために、先日、三宅会長にお会いした。
俺が……会長の孫との婚約破棄を無条件で受け入れたためだが……
三宅会長から、君が困ったことがあれば、どんなことでも力になると言われていた。
だが俺にも意地があった、一生頭をさげるものかと思っていた。
なにがなんでも三宅会長の力は頼らないつもりでいたが、意地を張ってもいられない思い直した」
「発起人が三宅会長と聞いて 宗が関わったんじゃないかと思ってたけど……そんな約束があったの……」
宗には祖父同士が決めた婚約者がいたが、彼女には慕う男性がいた。
それを知った彼は、沈黙のまま婚約を解消した過去がある。
「会長の暴走を止めて欲しいと頼むために、丸田常務にもお会いした」
「それは真琴さんから聞きました」
「誰とは言えないが、丸田会長が苦手とする人がいると教えてくれた人がいる……それが三宅会長だった。
三宅会長は、発起人を引き受けてくれただけでなく、俺が動きやすいように密かに手を回してくださった」
かつて孫娘のため沈黙を守ってくれた彼へ、三宅会長は発起人を引き受けるだけでは気がすまなかったのだろう。
宗が求める以上に力になりたいと思い動いたということ。
「丸田常務に会うように勧めてくれたのも、実は三宅会長だ」
「そこがわからないの。どうして宗が丸田常務に会う必要があったのか……
縁談を断るだけなら、丸田常務の力は必要ないでしょう?
事業で近衛に関わりがある方だとは思えないわ。それとも、私が知ることのない社内の機密事項かしら」
宗の顔つきが変わった。
話しの例えで機密事項と言葉にしただけなのに、まさか本当だったとは。