ボレロ - 第三楽章 -
「確かに機密事項だな…… 『SUDO』 と 『ミマサカ』 が特許で争っている。
丸田常務に会ったのは、争いを抑えて業界の均衡を保つためだ。力を貸して欲しいと頼んだ」
「『ミマサカ』 と特許を争うですって? 私はなにも聞いてないわ。どうして宗が知ってるの!」
初めて聞く話ばかりだった。
私が知らない 『SUDO』 の機密を宗が知っている事実に、言いようのない怒りがこみ上げてきた。
「『昭和織機』 の動きがおかしかった。俺にまで縁談を持ち込んできたんだからな。
俺と珠貴と引き離そうとするのはわかるが、あまりにも強引だった。
そこまでするには、何かあるはずだと思ったから調べたが、わからなかった。
限界を感じたが、どうしても知らなければと思った。だから知弘さんに話した。
そこで特許のことを教えてもらった」
「だから どうして私が知らないの? 私は 『SUDO』 の社員なのよ」
「特許の件は、新素材の開発は開発部の担当者と、社の上層部しか知らないそうだ。
君が知らないのは当然だ」
「私が知らないのは当然なの? あなたは知ってるのに? ますますおかしな話ね。
どこの企業にもトップシークレットは存在するものよ。だけど部外者のあなたが知るべきことじゃないわ」
知らなくて当然だと言われ、私の感情は抑えきれずに爆発した。
悪びれた様子もなく、私の質問に淡々と答える彼の態度にいらつき、激した感情をぶつけるように、宗が知るべきことではないと大声で叩きつけた。
感情的になった私に驚いたのか、宗は身を引くように体をひるませたが、やがていたたまれないといった顔になり、
声を搾り出すように話し出した。
「俺は……いまは部外者かもしれない。だが……
将来、珠貴が 『SUDO』 のトップになったとき、全面的に支えると言ったはずだ。
知弘さんもわかっているから、俺に話をしてくれたんだと思う」
いずれ私が 『SUDO』 のトップになったとき、宗は全力で私を支えると言ってくれた。
それはずっと先のことだと思っていた。
だが彼は、すでに 『SUDO』 のために動き、トラブルを解決した。
すべては、私のために……
「私にも話して欲しかった……宗の仕事の忙しさはわかっているつもりよ。
あなたにだけ負担をかけるのは本望じゃないわ」
「いずれ君と結婚したら……そうなったら、ちゃんと話をする。
一緒に考えて、悩んで、解決方法をさぐるつもりだ」
「じゃぁ、どうして」
私のために走り回ったと聞いてもなお、彼に食い下がった。
公私共にパートナーでありたいと願ったはずなのに、彼の個人プレーに納得がいかなかったのだ。
「この特許に関して須藤社長は動けないと知った。社長が争う姿勢を見せれば業界が揺らぐ。
だが、見過ごしては 『SUDO』 がチャンスを失う。新素材は大きな利益につながるものだそうだ。
珠貴に言わなかったのは、今度だけは俺の力で解決したかった……
将来、同じようなことが起きてもパートナーとして支えてやれる、それだけの力が自分にあるという自信を蓄えておきたかった。
その上で、須藤社長にもう一度会いに行くつもりだった」
「あなたが自信を蓄えるために単独行動をしたことは、父には言わないつもりなの?
社内の誰もできなかったことをあなたがやり遂げたのよ。認められるべきだわ」
「手柄をとるために動いたわけじゃない、君と一緒になるためだ……
これ以上先に延ばすつもりはない。君の誕生日までと期限を決めた。
誕生日前までに、須藤社長から返事をもらうつもりでいる。退くつもりはない」
宗は言葉をそこで止め、冷え切ったメインディッシュに目を落とすと無言のままフォークをとり、皿のムニエルを突付いた。
乱暴に切り分け、端から口に運ぶ。
彼の口の中で魚の味がしただろうか。
きっと味など感じていないだろう。
私も彼にならい、メインディッシュにナイフを入れた。
互いの皿のものがなくなるまでどちらも無言だった。