ボレロ - 第三楽章 -
私たちが言葉を叩きつけるように話していたことは、レストランスタッフも気がついていたのだろう。
かなり時間をおいて皿を下げるために席に近づき 「そろそろ見納めですね」 と言いながら、窓の外を見るように促し立ち去った。
言われたまま外へと顔を向けると、ライトアップされた桜が見えた。
遅い時期の桜だわ、と言いかけて気がついた。
「遅咲きのしだれ桜……これね、宗が言ってたのは」
「君と桜を見る約束をしてたからね。この席は桜のための特等席だそうだ」
「ごめんなさい……」
「どうして謝るんだ、礼を言われるのならわかるが」
「せっかくのお席なのに、桜にも気づかず、あなたを追い詰めるようなことを……」
「追い詰める? 俺はディスカッションのつもりだったけどね」
「ふっ、ディスカッションだったのね。熱が入りすぎたわ、呆れたでしょう?」
「激昂した顔も嫌いじゃないよ」
宗は、ときどきこうして私を喜ばせることを口にする。
いままで彼に向かっていた怒りは姿を消し 「ありがとう」 と満面の笑みで返した。
「誕生日まで、あと少しですけど……」
「どんなことをしても間に合わせる。誕生日プレゼントを遅らせるわけにはいかないからね」
「私は待ってるだけでいいの?」
「君は待ってるだけでいい」
誕生日の贈り物は、婚約という契約を父から取り付ける形のないもの。
怒ったように 「待ってるだけでいい」 と言い切った彼の言葉が、静かに胸に降りていった。