ボレロ - 第三楽章 -
「これ、全部ブライダルリングでしょう? こんなにあるなんて迷うわね」
「『SUDO』 はブライダルリングを扱っておりませんので、こちらは私のオリジナルです。
少しずつ描きためたものです」
服飾とのコラボレーションから出発した 「宝飾部門」 は、いまだブライダルの品を手がけていない。
お客様とのやり取りからはじまり、お手持ちの服を生かすデザインを心がけている。
指輪もデザイン性の強いものや、石を使ったものが多い。
蒔絵さんのデザインブックに描かれているのはブライダルリングばかりで、一対になったリングには洗練された美しさがあった。
「これは、婚約指輪と重ねて一つになるデザインね。ゴージャスね」
「あらたまったお席にもあうように、華やかにいたしました」
さっそくデザインブックを覗き込んだ結歌は、目を輝かせて真剣そのものだ。
結歌が興味を示したデザイン画について蒔絵さんが丁寧に説明を加え、いくつか眺めるうちに、結歌がひときわ反応したデザインがあった。
「これスッキリとして控えめで、おしゃれね。私、好きよ。これがいいかも!」
「あっ、あの……すみません。こちらはちょっと……」
「先約があるの?」
「えぇ……」
「あら、ザンネン」
蒔絵さんのお顔がほんのり染まっている。
まさか……私の予想を言葉にした。
「こちらは蒔絵さんご自身のためのリング、そうでしょう」
「……はい」
これは蒔絵さんが自分のためにデザインしたマリッジリングだった。
蒔絵さんが将来左手の薬指にはめるためのもの、ということは……
「平岡さんと、お話が進んでいるのね」
「いいえ、いまはまだ……でも彼が、そのときのために指輪のデザインを考えて、すぐに作れるようにしておいて欲しいって、そう言ってくれたんです」
「まぁ、ステキなお話ね。蒔絵さんの彼、宗さんの秘書の方でしょう?
珠貴、宗さんにも聞かせてあげたいわね」
「いやよ、これ以上恥をかきたくないわ」
「どうして? デザインを決めておくくらい、いいじゃない」
「そうはいかないわ。婚約指輪はいらない、結婚式やお衣装にもあまり興味がないって、そこまで言ったのに、結婚指輪は時間をかけて選びたいなんて言い出したら、あきれるに決まってるじゃない」
「ってことは、珠貴は結婚指輪は必要だと思ってるのね? そうでしょう」
「そういうことに……なるわね」
「まぁっ、素直じゃないわね」
「だけど、もういいの。形あるものを望むのはやめるわ。気持ちが大事ですから」
「えぇ、えぇ、そうやって言ってなさい。私は違うわよ。
じっくり選んで決めさせてもらいますから 。
そうね、じゃぁ……これは? ねぇ、珠貴、どうかな?」
「私に聞かないで自分で決めなさいよ」
「聞くくらいいいじゃない。それに、珠貴はデザイン室の室長でしょう?
お客さまに意見を聞かれたら答えるべきよ」
結歌は嫌がる私へ 「断るなんて職務怠慢よ。私の相談にのって!」 と半ば命令口調で迫ってくる。
むやみに突き放すわけにもいかず 「お客さまのご相談」 に参加することになった。
「こちらと、こちら、どっちが私にあうと思う?」
「そうね……こっちかな。結歌はハッキリしたデザインがいいわね」
「そお? 珠貴にはシンプルなものが似合うわよ」
「私のことはいいから、ほかには? これなんていいと思うけど」
「いいけど、私の指には華奢ね。これは珠貴の好み?」
「そうね、私は好きよ。この中で一番惹かれるわね……でも結歌には……
一番はじめに見た、重ね付けのモチーフが似合ってると思う」
「やっぱり? 私もね、これがいいかなぁと思ってたの。
でも、こっちも捨てがたいのよね……」
結歌はこんな調子で迷いながらも 「将来のためのブライダルリング」 のデザインを決めてしまった。
「先に決めておくの!」 という結歌の思いつきには驚かされたが、いつか訪れる日のために、自分のための指輪をデザインしていると言った蒔絵さんの話も感動的だった。
彼女たちが指輪に込める思いがわからなくもない。
いつの日か将来をともに歩む人と同じ指にはめるリングは、女性にとっては憧れだろう。
相談に付き合いながら私も華やいだ気分になり、リングを指にはめた自分を想像してみたりもした。
けれど、宗が結婚指輪をはめるとは思えない。
恥ずかしいとか仕事の邪魔になるとか、そんなことを言い出しそうで、嫌がる顔が容易に想像できた。
彼と同じ指にはめるのは難しそう……
指輪の心配をする前に、私たちにはもっと大きな問題が残されている。
父を説得できなければ前には進めないのだから、指輪どころではない。
今夜、宗が我が家を訪ねることになっていた。