ボレロ - 第三楽章 -
「お邪魔いたしました」 と告げた宗の沈んだ声から、今夜も不首尾に終わったのだと悟った。
すぐにでも彼を追いかけ、言葉のひとつもかわしたいと願うが、宗を見送る父の背中がそれを許さない。
声だけでも聞きたくて、部屋に戻り宗へ電話をかけようとしてノックの音に手が止まった。
部屋を訪ねてきたのは紗妃だった。
政治経済の宿題のため、私が購読している経済誌を貸して欲しいと言う。
テーマを決めてまとめる宿題だが、内容を深く掘り下げてレポートを書きたいと熱心な紗妃に、雑誌のバックナンバーを数冊渡した。
「どうだったの? って聞かないほうがいいみたいね」
「わかってるなら聞かないで……」
外から宗の車が立ち去る音がした。
とっさに音の方角へ顔を向けたが、私の部屋からは木々に遮られ外の様子は見えない。
恨めしそうに窓を見る私へ、紗妃がおかしなことを言い出した。
「わたしの部屋からも見えないのよ」
「えっ? でも、紗妃ちゃん言ってたでしょう。部屋から近衛さんの車が見えたって。
ほら覚えてない? 私がお母さまに問い詰められて困ってたとき、近衛さんというのは紫子さんだといって、私を助けてくれたじゃない。
あなたにお財布を買わされちゃったけど」
「うん、あのときは珠貴ちゃんを助けようと思って、近衛さんの車が見えたって言ったけど。
わたしの部屋から車が見えないの、お母さまは知ってるんだって」
「お母さまも知ってるって、どういうこと?
知っていながら、あなたの言葉を信じたふりをしたの?」
一歩前に詰め寄った私に 「待って、ちゃんと話すから座って」 と、紗妃は落ち着いた声で、私に椅子をすすめてきた。
「わたしのウソ、おかあさまにバレてたの。
珠貴ちゃんがどなたかとお付き合いしてるのも、ずーっと前から気がついてたんだって。
だから、わたしが珠貴ちゃんをかばってウソついたってこと、すぐにわかったって。
母親は娘のことはわかるんです……って言われちゃった。
でもね、珠貴ちゃんのお相手が近衛さんだってわかったのは、去年だったそうよ。
ってこと、どうしてわたしが知ってるのか、珠貴ちゃん、知りたい?」
「えぇ、ぜひ聞かせてちょうだい!」
私の反応を楽しむように顔を覗き込む紗妃に、私は大きな声で答えた。
この子は何を知っているのだろう。
また、ブランドの品でも要求するつもりだろうか 。
「わかったから、ちゃんと話すから。もぉーホント珠貴ちゃんって、怒りっぽいんだから。
近衛さんも大変だわ」
「紗妃ちゃん!」
「きゃっ、コワっ」
冗談めいた紗妃の態度に、ますますイライラが募りいっそう睨みつけると 「わかりました」 と大げさに降参の仕草を見せた 。
「お父さまが反対する、本当の理由って知ってる?」
「本当もなにも、私を須藤の家から出したくないだけじゃない。
お父さまの跡を継がせるために育ててきたんですもの、ほかに何があるのよ」
「そうだけど、それだけじゃないの。もうひとつの理由が問題なんだけど……
珠貴ちゃんが、将来あかちゃんを産んだら、子どもが女の子ばかりでも、誰にも言わせないためだって」
「女の子ばかり産んで、誰が何を言うの?
ねぇ、それより、どうしてあなたが知ってるのよ」
「えーっと、それはね、近衛さんとお食事に行った日、近衛さんが迎えに来てくださって、そのときお母さまと話してるのを聞いちゃったの。
立ち聞きするつもりはなかったんだけど、お部屋の前に来たらお話が聞こえてきて、二人が真剣に話してたから入りにくくて……」
「その話、もっと詳しく聞かせて」
「わかった……」
私の勢いに圧倒されたのか、紗妃も神妙な顔になっている。
それまでの茶化す態度とは一転、紗妃は真面目に話し出したが、問題の部分にはいると
「ねっ、おかしいと思わない? お父さまが言ってること、これって絶対ヘンだと思う。
わたしはイヤ!」
涙声にで訴えてきたのだった。