ボレロ - 第三楽章 -
話は両親の結婚までさかのぼる。
当時、文学の講義を聴きに青木の祖父の家に通っていた父は、そこで母と出会った。
母との結婚を望んだ父は、反対されながらも何度も青木の家に通った。
祖父が結婚を反対した理由は、母が家を継ぐ立場の長女であったこと、両家の釣り合いが取れないこと。
もうひとつ、青木家が女系であるため、跡継ぎの男子を望まれても困るということだった。
母は4人姉妹で、母のいとこたちも女が多い。
そんな祖父が二人の結婚を認めたのは 「子どもが娘なら、娘に跡を継がせます。紀代子さんに辛い思いはさせません」 という父の言葉だった。
「そして生まれたのが珠貴ちゃん。生まれたときから須藤家の跡を継ぐ娘だったの。
わたしが生まれるまでひとりっ子だったから当然よね」
「どこに問題があるの? 青木のおじいさまに約束した通りじゃない」
「約束どおりじゃないでしょう、お母さまに辛い思いをさせちゃったんだもの」
「わかった、可南子おばさまね」
誰よりも先に可南子叔母の顔が浮かんだ。
私の縁談にもことごとく口をはさみ、あわよくば自分の思惑通りに私を動かそうとの魂胆は自らの失態で消滅してしまったが、昔から母に対する叔母の言葉には棘が含まれていた。
「可南子おばさまもそうだけど、伊豆のおじいさまの兄弟がいるじゃない。
大叔父さまたちから ”跡継ぎは絶対男だ。女には務まらない” って言われるし、女系の家の嫁を迎えたらこうなったとか、一人しか産めないとは情けないとか、お母さまへ攻撃がすごかったみたい 。
青木のおじいちゃまが、紀代子を家に戻してほしいと言ったこともあったみたい」
「そんなにひどかったなんて……」
「それでもお父さまは ”珠貴に跡を継がせるつもりだ。そのための準備は整えてある” って頑張って、お母さまを守ったんだって」
ドアの前で立ち聞きしたことが気になり、紗妃は母の実家である青木家に行き、祖父母からも昔の話を聞いてきた 。
親族から責められる姿を見かねて、実家に帰るように勧めても 「孝一郎さんが守ってくださるから心配しないで……」 と言い、母は気丈に振舞っていたそうだ。
当時のことを目を潤ませながら祖母が話してくれたと言いながら、紗妃の目も潤んでいた。
母への思いと青木の家への誓いが父を奮い立たせた。
盾になって母を守ろうとした父も、相当に大変な思いをしたに違いない。
紗妃の話を聞き、父に考えを変えてもらうのは容易ではないと思い知らされた。
「ここで、はじめの話に戻るんだけど……珠貴ちゃんがお婿さんを迎えるとするでしょう。
生まれた子どもが女の子ばかりでも、須藤の家にいたら守ってやれる。
だけど、結婚してほかの家に行ったら守ってやれないって、そう言うのよ」
「何を守るっていうの」
座っていた椅子を近づけ私との距離を縮めると、今度は噛み砕くように話はじめた。
静かな部屋に響く紗妃の声がストレートに伝わってくる。
「珠貴ちゃんが近衛さんと結婚して女の子ばかり生まれたら、近衛家で窮屈な思いをするだろうし、近衛家にも申し訳ない。
だけど、お婿さんならそんなことない、安心だって。
珠貴ちゃんにお母さまのような辛い思いをさせないためにも、須藤の家からだすつもりはない
って言うのが、お父さまの本心らしいんだけど……
これってさぁ、わたしには理解できないのよね。
同じような理由で反対してた青木のおじいちゃまには許してもらったのに、お父さまったら、自分は反対だ、認めないって言ってるんだもん。
それに、子どもが女の子なら辛い思いをするって、勝手に決めてるじゃない。
けど、男の子なら問題ないってことだよね。おかしいと思わない?」
「おかしいわよ!」
「お父さまが言ってること、わけわかんない。女の子はダメなんて、どうして言うの?
わたし、そんなのイヤ! 絶対認めないんだから」
紗妃が涙ながらに訴える。
末っ子の気楽さで、のんきで真剣に何かを考えることなどないのではと思っていたが、理不尽だと感じたことには黙っていられず、自分の意見を述べるのは私と同じだ。
私たちは良く似た姉妹だと、今日ほど思ったことはない。