ボレロ - 第三楽章 -
「私だっていやだわ。なぜ私が窮屈な思いをすると言えるの?
近衛家に申し訳ないってなによ。すべて子どもが生まれることが前提じゃない。
そのための結婚だっていってるようなものよ。それって女性を貶める考えだわ!」
「わたしもそう思う。なんだかさぁ、女の子に生まれたのをお父さまに否定されたカンジ」
「否定してるじゃない。
私たちが女だったから、お母さまが苦労したんだって言ってるようなものだもの。
私が苦労しないように家に囲い込んで守ろうなんて、自分の考えを都合よく解釈しているだけよ」
「だよね」
「宗も……彼も聞いてたんでしょう? なにか言ってた?」
「近衛さん、わかりました、自分の力が足りないからご心配をおかけしますって……
お母さま、泣きそうになってた」
「そう……」
宗も母の思いを知っていたから、父と衝突することを避けたのだろう。
父へ遠慮のある母のために、できるだけ穏便にと願ったはず。
父は宗のそんな配慮など知りもしないし、知ろうともしない。
「気がついてた? いままで珠貴ちゃんがお見合いした人、みんな男ばかりの兄弟だってこと」
紹介され出会った男性を思い浮かべたると、紗妃の指摘どおり、誰も彼も男性ばかりの兄弟だった。
母は意図してそんな相手を選んだというのか 、自分が女系であることを少しでも緩和するために……
哀しいまでの選択に、母の悩みの深さを思い知った。
「お母さま、それほど女系だってこと気にしてるのね。
そうだよね、大叔父さまたちにあんなに言われたんだもの。
でもね、やっぱりおかしいと思う。そこまで相手に気を遣うのってどうなの?
お父さまがこだわるから、お母さまだって気にするのよ。
結婚は平等のはずなのに、女ばかりの家だから、だからなによ。
珠貴ちゃんもそう思うでしょう!」
「えぇ、紗妃ちゃんの言うとおりよ……ありがとう、良くわかったわ」
「どうするつもり?」
「まずはお父さまの考えを確かめて、私の考えも伝えて、それでも何も変わらなければ……」
「家出でもする?」
「それもいいかもしれないわね」
「いいかも。わたしも家出して反抗する!」
「だめよ、あなた学校があるでしょう」
「珠貴ちゃんだって仕事があるじゃない」
社会人には有給休暇があるのよというと 「ずるい!」 と文句を言ってきたが、それは社会人の特権だと言い返した。
学生の身分では反抗もままならないと悟ったのか、紗妃はしぶしぶ諦めたようだ。
「勉強の邪魔をしちゃったわね。遠堂君と同じ大学を目指すんでしょう? 頑張ってね」
「どっ、どうして知ってるの!」
「教えない」
「えーっ、わたしは教えてあげたのに!」
じたばたと刃向かう紗妃を部屋から追い出した。
宗が 「手柄のためじゃない」 と言ったのは、自分に自信を持たせる意味もあるが、父の前では、手柄などなんの効力もないとわかっていたからだろう。
男子の誕生が難しいから娘は家から出さないと理屈を言う父を相手に、仕事の能力を見せ付けたところで説得の材料にもならないのだから。
「君は待ってるだけでいい」 と言ってくれたが、私が動かなければこの問題は解決しない。
しかし、感情に突き動かされて行動してはいけない。
冷静に、冷静に……と言い聞かせる。