ボレロ - 第三楽章 -


それから二日間、考えに考えた。 

私が真剣だという姿勢を父に見せるは、同じ家にいては伝わらないとの考えにいたった。

先日思いがけない協力者が現れたこともあり、父に向き合う覚悟もできた。

単独行動はやめて欲しいと宗に言った手前、彼には私がこれから起こそうとしている事を告げておかなくてはいけない。

反対される覚悟で、紗妃から聞いたことと、二日間熟考した計画を宗に伝えると……



『紗妃ちゃん、あのとき部屋の外で話を聞いてたのか……』


『あの子、お父さまの言うことはおかしい、変だって、私以上に父へ不満を募らせているわ』


『思いは君も同じだろうが、感情的にならずよく耐えたよ。 

俺も須藤社長を刺激するのは得策ではないと思う。

そうか、君は家を出るのか……わかった、思い通りにやってみるといいよ』


『反対しないの?』


『ははっ、俺が反対しても珠貴はやめないだろう? 

珠貴が加わって、双方から責めて大きな砦を崩す。いいんじゃないか?』


『いいの? 宗はもっと驚くだろうと思ってた。

怒られるんじゃないかと覚悟してたのに、あっさり認めてくれたから、ちょっと意外』


『充分驚いてるよ。うーん……予定を少々変更だな』


『予定?』


『あっ、うん。それはまた話す』



歯切れの悪い返事が気になりながらも、宗の反応がおおむね良好だったことに私はほっとしていた 。

これからの行動についても、詳しく聞かれることはなかった。

互いに秘密の部分を抱えたまま私たちは動き出した。
 


翌日、朝食のテーブルで 「反対する本当の理由」 の真意を確かめるために父に話を向けた。

父の返事は 「最悪の事態を考えて先に手を打つ。それだけだ」 とこともなげに言う。

最悪の事態とは、私が産む子どもが女の子ばかりだったら、ということだ。

自分がどれほど女性を貶めることを言っているのか、まったく気がついていない。

朝のテーブルで討論するつもりはない。



「しばらく家を出ます」


「親を脅すつもりか。そんなことで近衛君のことは認めない」


「彼は関係ありません。

お父さまの考えが変わるまで、どなたとの結婚もありませんのでご安心ください」


「勝手にすればいい。私は何があっても変わるつもりはない。

親の気持ちもわからないとは……情けない」


「私も情けない思いでいっぱいです。お父さまに娘であることを否定されたんですから」


「そんなことを言った覚えはない」


「私にはそう聞こえました。

最悪の事態とは、女の子の誕生をさしているではありませんか。 

私の誕生も最悪の事態だったということ……そうですよね」



答えに詰まったのか、父の顔が固くなった。

失礼します……と立ち上がる私を見る母は、どうしてよいのかわからず悲痛な表情を浮かべている。

私に続いて紗妃も立ち上がったが、母が倒れるようなことを言い出した。



「お父さまの考えには、わたしも納得がいきません。わたしも家をでます」

 
「紗妃ちゃん!」


「紗妃!」



両親の叫び声が同時にあがった。



「青木のおじいちゃまのお家に行きます。おじいちゃまにもお話しました」 



そう言い残しダイニングを出て行った。

母は急ぎ追いかけたが父は微動だにしない。

よほどショックだったのか、怒りで動けなくなったのか……

その日から、須藤の家に娘たちの声が消えた。







「須藤室長、お待ちしておりました……と申し上げても良いのでしょうか」


「ふっ、そうですね」


「交渉は決裂ですか」 


「まったく話し合いにもならなくて。父に謎解きの難問を置いてきました」


「謎解きですか。須藤社長は、さぞお困りのお顔をなさったでしょう」



言葉とは裏腹に楽しそうで、クスッと笑った拍子に艶やかな髪が揺れる。



「ええ、紗妃まで家を出たんですもの。

私たちがなぜ怒っているのか、今ごろ真剣に考えているでしょうね」


「まぁ、それは大変なことになりましたね」


「えぇ、大変なことになったわ」



大変と言いながら、私たちは楽しくて仕方がない顔をしている。



「では、早急の解決が必要ですね。 

お手伝いさせていただきます。なんなりとおっしゃってください」


「ありがとうございます。お力をお借りしますね」



顔を引き締め姿勢を正すと、浅見里加子さんは 「はい」 と短く返事をした。

専務秘書のころと変わりない姿がそこにあった。


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