ボレロ - 第三楽章 -


「浅見君は今のところ何もないようだが、堂本、君はどうだ。 

身辺をさぐられている気配はないか」 


「ありません。ですがこの先、私や浅見さんの経歴に目を向ける記者がいれば、

それこそ躍起になって探ってくるでしょう。 

いまさら経歴を伏せることもできませんから、

できるだけ行動に気をつけるしかないかと思われますが」


「うん、君たちには窮屈な思いをさせるが、気をつけてくれ。

珠貴、君はどうだ」


「重役でもないのに運転手付きで出勤ですもの、

気をつけるのは車の乗り降りだけかしら。

それも家と会社の往復だけよ。お買い物も当分無理ね」


「あの前島さんが運転手だ、律儀に任務をこなすはずだ。

予定外の寄り道は許さないだろう。

もっとも、前島さんと買い物に行くわけにもいかないだろうがね」


「えぇ、車の窓の開閉にまで制限があるのよ。まるで囚われの身よ」


「ははっ、自由な行動など許されない、

どこかの国の王女さまの気持ちがわかっただろう」



知弘さんらしい例えに 「えぇ、そうね……」 と相槌をうつと、堂本さんの

顔がわずかに形を変え、含み笑いを浮かべた。

私の行動が制限されるのを笑ったような顔に、なんとなく嫌な感情を覚えたが、

それも見間違いだったのかと思うほど、知弘さんの問いかけに答える顔は、

いつもの彼に戻っていた。

つかみきれない何かを秘めた人……

これは私が堂本さんに最初に感じた印象だが、何度会っても ”つかみきれな

い何か” はわからず、彼に対する警戒感も拭い去れずにいる。



「宗一郎君はどうだろう。本人は問題ないと言っていたが」


「会社のマスコミ対策は完璧といっていいでしょう。

社内においては今までと変わりなく、仕事ももまったく支障はありません。

社外でも、副社長の身辺は平岡さんが完全にガードしていますので、

現時点で問題はありません」


「そうか、去年の経験があるから大丈夫だと思うが……

彼女たちは、そうもいかないだろう」



「彼女たちは……」 と知弘さんが言っただけで、堂本さんは彼女たちが誰で

あるかを察知した。

さきほどお渡しした報告書をご覧いただければわかりますが、と前置きして二

人だけに通じる話が進められる。

知弘さんと堂本さんの間にある絆の一端が垣間見える気がした。



「柘植さんと小宮山さんの周辺は、多少騒がしいようです。

近衛サイドのガードが固いので、記者連中も崩せるところを

狙っているのでしょう。写真週刊誌が公になった時点では、

興味本位の密会記事でしたが、SUDOの件が持ち上がってから、

柘植コーポレーションや小宮山さんの会社も、近衛の吸収の対象ではないかと

見る向きもあり、記事のとらえ方も複雑化しています」


「そうか、柘植さんはなんとか持ちこたえてくれるだろうが、

小宮山さんが心配だな」



知弘さんの顔が辛そうに歪んだ。

雅さんの心配はもちろんだが、彼女へ取材攻勢が強まれば、いつか静夏ちゃん

にたどりつく。

それを危惧しているのだろう。


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