ボレロ - 第三楽章 -
珠貴の過去を聞いても彼女への思いが揺らぐことはなく、もっと強いものになった。
抱えてきた思いを包み隠さず話してくれた、そんな彼女のそばにいてやりたいと思った。
会えないとくり返し口にする珠貴に、私は心からの思いを伝えた。
こんなにも君を思っているのだと、伝えずにはいられなかった。
私の思いが通じたのか、ほどなく珠貴は私の前にあらわれた。
「宗に会いたくなったの」 とはにかんだ顔に告げられ、私は無言のまま彼女を抱きしめた。
体温と鼓動が感じられることが嬉しかった、珠貴のそばにいられるだけでよかった。
静かに泣く珠貴の体を支えることができた、それも喜びだった。
私の話を聞いたあとうつむいて黙りこくっていた結歌さんが、ようやく顔を上げた。
顔から怒りの色は消えたが、なんともいえない表情をしている。
「……宗さん」
「なに?」
「どこまで珠貴が好きなんですか」
「自分でもあきれるくらい……かな」
結歌さんが、先ほどと同じく大げさに頭を振り、肩をすくめ、あきれ顔になっている。
「はぁ……怒って損しちゃった」
「心配させて悪かったね」
「いいえ。宗さんの気持ちは、よーくわかりましたから許してあげます。
それで、今日はどんなご用件でしょう。珠貴への愛の深さを語って終わりってこと、ありませんよね?
吹っ切れた顔を見せながらポンポンと言いたいことを並べていく結歌さんは、やはり珠貴の友人だと思った。
彼女の協力なくしてはことを成し遂げることはできない。
会わせたい人がいる、このあと4人やってくると伝えた。
「ステキな男性でも紹介してくださるの?」
「結構いい男だよ。そういえば、指輪、結歌さんも決めたんだってね」
「あれは宗さんに頼まれたから、成り行きで、だからその……
珠貴の好みを聞き出すための演技っていうか、私も真剣に選んだ方がいいと思って……」
さっきまでの勢いはどこにいったのか、口ごもる姿は新鮮だった。
「お連れ様がお着きになりました」 と障子の外から声がかけられ、結歌さんが慌てて髪に手を置いた。
男性の登場を意識したのだろう、彼女の可愛い一面が見えた。
「こんにちは……高級割烹なんて来たことないから緊張しましたよ。
いつもの宗一郎さんの部屋でも良かったのに。あっ、どうも、漆原です」
おそるおそる入ってきた漆原さんは、女性の顔が見えて 「どうも」 と彼らしい挨拶をした。
あら、ホントにステキな方ね、と言った結歌さんの声は、お世辞ではなくそう思っているようだ。
「紹介するよ。フリーカメラマンの漆原さん。彼の記事は読んだことがあるはずだよ」
「珠貴から聞いています。宗さんと珠貴の記事を書いた方ですね。はじめまして、わたくし……」
「オペラ歌手の、波多野結歌さんですね。宗一郎さんから聞いています。
で、俺がステキとかって聞こえましたけど、妻子持ちには嬉しい言葉ですね」
「漆原さん結婚してたのか! 知らなかった」
「えーっ! 宗さんが気を持たせるようこと言うから、わたし、ちょっと期待しちゃったじゃないですか」
「はぁ、すみません……」
俺の代わりに謝った漆原さんは、申し訳なさそうに頭をかいている。
気まずくなるかと思ったが、そこは結歌さんの社交性に救われた。
フリーカメラマンのお仕事は? とさっそく彼に質問しているさなか、あとの三人もあらわれた。