ボレロ - 第三楽章 -
沢渡さんの声が部屋に響く。
診察の結果、過度のストレスにより体調を崩したものであると説明があった。
ストレスから唾液の分泌が極端に減り、声が掠れたのはそのためで……
「まず、ストレスの原因を取り除くことです」
原因はわかっているねと言い私を見た沢渡さんは、医者から友人の顔になっていた。
電話一本で駆けつけてくれた友人へ、感謝と了解の意味を込めて頭を下げた。
沢渡さんを見送ると、珠貴はそのまま家に留まり、私も両親と一緒に家に戻った。
自分たちの言動が原因で、須藤夫人に余計な負担をかけてしまったのではないかと気に病む母が心配だったことと、父とあらためて話し合わなければと思ったためだ。
帰宅後、母も交え父と話し合った。
須藤社長の考えが変わらない限り、私と珠貴の結婚は実現しない。
それなら、こちらが譲ればいいのだと言い出したのは父だったそうだ。
三宅理美との婚約解消において親として何もできなかった、息子にばかり苦しい思いをさせてしまった、悔やまれてならない。
宗一郎が選んだ相手なら、無条件で賛成しようと決めていたと聞かされた。
たとえ一生会えない状況になろうとも、私たちは結婚を認めるつもりでいたと言ってくれた両親のまなざしを受け胸が詰まった。
「あれほど口を挟むなと言ったのに、あそこで須藤さんに詰め寄るとは、まったく……
もう少しで何もかも上手くいくはずだったんだぞ」
「……うやむやのまま話が進んでしまいそうで、黙っていられなくて」
「おまえが甘いのはそこだ。とにかくこちらのペースで話を一気に進める。
すべてがととのって、もう動かせないところまで運んでから、お聞きしたいのですがと持ち出せば良かったんだ。
それを、あんな態度で突っかかるヤツがあるか。大事の前の小事にかまうなと言うだろうが」
「そう言われても、俺にとっては大事ですから……」
スムーズに話を運ぶために策を立てていたのに、それをおまえが台無しにしてしまったと責められたが、父の顔は怒ってはいなかった。
私の行動にあきれながらも、宗一郎なら黙ってはいないだろうなと、半ば認める言葉もあった。
「いいえ、あれでよかったのです。
宗さんが言い出さなければ、珠貴さんのお母さまのお気持ちもわからずじまいでしたもの。
それにしても、あぁ……どうお詫びをすればいいのでしょう。
奥さまがあのように思いつめていらっしゃったなんて」
「うん、私たちも反省しなければならないね。
須藤さんの気持ちが変わらぬうちにと先を急いだ。
少々強引に進め過ぎたようだ。お見舞い方々、明日にでもお詫びに伺おう」
「そうですね。奥さまがお元気になられて、あらためてこれからのお話をさせいただければよろしいのですが……
珠貴さんのお父さまは、どのようにお考えでしょう」
「今ごろあちらも話をしているだろう。
お嬢さんを大事にしたいと思う気持ちが強すぎて、手放さないという言葉になったのだ。
親の愛情は、ときとして子どもを縛りつけてしまうものだが、奥様の気持ちを聞き、考えも変わられただろう。
大丈夫、須藤さんは珠貴さんのためにも、奥様のためにも、決して悪いようにはなさらない」
「そうですね」
父の声に母は大きくうなずき、私もいろいろ考えましたと反省の言葉がもれていた。
「これで、俺の須藤家入りはなくなったんでしょうか」
「この時点ではなんとも言えんな」
「お父さんの一世一代の決心も、無駄になるかもしれませんね」
「そんなことはどうでもいい。
それよりも自分のことを考えろ、珠貴さんと結婚できるかできないかの瀬戸際なんだぞ」
瀬戸際だ、自分のことを考えろと言われても、何を考えればいいのか頭の中は白紙状態だ。
自分たちの力ではどうにもならない事態に追い込まれているのだから、考えるだけ無駄ではないかと思うのだが……