ボレロ - 第三楽章 -


夜もかなり更けてから珠貴から電話があった。

沈んだ声であることから、特に進展はなかったのだろう。



『お母さんの様子は?』


『落ち着いているわ。宗のお父さまやお母さまにもご心配をおかけしました。

あなたにもね……』


『俺のことは気にするな。無理を言い過ぎたといって両親が反省しているよ。 

確かにあれは無茶だったな』


『そんなことはないわ、私は嬉しかったのよ』


『過度のストレスか……安静第一だね。しばらくは様子見だな』


『そうね……』



振り出しに戻った……と言うのが、私と珠貴の一致した意見だった。

明日は珠貴もマンションに戻るそうだ。



『父にどうしてもわかってもらいたいの。これだけは譲れないわ。

宗が言ってくれたように、私たちの問題ですものね。 

私が家にいない方が、父と母もゆっくり話ができるでしょうから』


『そうかもしれないね。ところで、いつまで秘密にしておくつもり?

そろそろ君の居場所を教えて欲しいね』


『もう少し待って、もうすぐ終わるから』


『終わる? なにが』


『えっと、それも秘密』



不可解なことばかりだが、珠貴の言葉に従うしかない。

明日の夜会おうと約束して真夜中の電話を終えた。






二日後 『アインシュタインの会』 に参加した。

正直なところ誰かに会う気分ではないのだが、かといって一人でいると考え事ばかりしてしまう。

それも良くない方へ向く傾向にある。

友人たちと顔を合わせるのも気分転換になるだろうと思いなおし、仕事を早めに切り上げ 
『榊ホテル 東京』 へと向かった。


『シャンタン』 に入ると、今回の幹事の櫻井君から、潤一郎と平岡が今夜は欠席だと知らされた。

潤一郎は海外だから無理として、平岡はついさきほどまで顔を合わせていたというのに、どうしたのだろう。

オフィスを出る間際、「先に行ってるぞ」 と平岡に声をかけたときは、これと言って変わった様子はなかったというのに、その後急用でもできたのか。

そんなこともあるだろうとさほど気にも留めず、ひと月ぶりに会うメンバーと声を掛け合った。 


今夜も私は友人たちの質問攻めにあっていた。

協力してやってるんだ経過報告をしろと言われては、答えないわけにはいかない。

この会で話したことが外に漏れる心配はない。

先日、須藤家で起こった事態を、順を追って話していく。

珠貴の母親の体調が悪くなり、沢渡さんが駆けつけてくれたと言い終えると、なぜ黙っていたのかとばかりに、みなが沢渡さんを見ると、「医者には守秘義務があるんですよ」 と、涼しい顔でみなの顔を見渡した。



「ただでさえ娘の結婚というのは、母親にとって心配事が多いですからね。 

須藤家は父と娘が対立している。間に立つ母親はどちらの気持ちもわかるから板ばさみです。

珠貴さんのお母さんの体は、悲鳴をあげていたのでしょう」


「しかし、ストレスで声がかすれるとは、そんなことがあるんですね」


「ありますよ。美那子の母親がそうでした。

僕らが結婚する、しないで心労が重なって、ついには声が出せなくなってしまいました」


「あぁ、だから記者会見で交際を発表したのか」


「僕らの結婚を沢渡の親にも認めさせて、なおかつ美那子の母を安心させるには、マスコミ発表はかなり効果的でしたね」



当時、異臭事件がきっかけで、私と沢渡さんはマスコミに追いかけられていた。 

交際相手の有無まで取りざたされ、珠貴もストレスで体調を崩し、美那子さんもマスコミに追われる事態になった。

美那子さんと結婚を考えていた沢渡さんは、マスコミの前に姿を現すことですべてを公にしたのだった。


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