ボレロ - 第三楽章 -
「僕らのように、マスコミに発表して一挙解決というのは、宗一郎さんの立場では難しい。
宗一郎さんの入り婿という近衛社長の提案は、僕らがとった行動に通ずるものがありますが、須藤家にとっては衝撃だったでしょうね。
須藤社長は喜んだが、珠貴さんのお母さんの苦悩は増した……
医者の立場で言わせてもらえば、これ以上の負担は避けて欲しいですね」
「僕は苦労もなく結婚したと思っていたが、美野里の母も心配したんでしょうね」
霧島君から我が身を振り返る発言があった。
そんなところが真面目な彼らしい。
「俺もそれほど苦労はなかったな。
佐保の父親に ”年下か” と言われて一瞬ひるんだくらいだ。
近衛の場合は特別だ、家が家だからな。一般的な結婚とはわけが違う。
付き合いをはじめた時から、こうなることはわかっていたはずだ。
しかし、おまえの婿入り案は想定外だったな。
だが、それも、珠貴さんのお母さんが心配するように、無理をすればどこかで必ず摩擦が生じる。
結婚後、遅かれ早かれ問題は噴出しただろう。
勢いで ”須藤宗一郎” にならなくて良かったかもしれないぞ」
「狩野さんの言うとおりだ。もっとも僕は ”須藤祐介” になりそこなった男ですから。
婿になる心の準備もできてたんですけどね」
櫻井君の嫌味な発言にムッときたが、みなは面白そうに聞いている。
狩野も言いたい放題だ。
確かに珠貴と付き合いはじめた時からわかっていたことだが、これほど面倒なことになるとは
思ってもみなかった。
沢渡さんのように勢いや捨て身の勝負も必要かもしれないし、霧島君や狩野のように着実に
進めていくことも大事かもしれない。
結婚にいたる過程に正しい答えはないのだろうが、それにしてもどうしたものか……
「眉間にしわが増えてるぞ」 と狩野に言われ 「おまえが勝手なことを言うからだ」 と言い返すと 「悔しかったら、とっとと結婚しろ」 とまた言い返された。
馬鹿なやり取りをいく度か繰り返している最中、狩野の携帯が震えた。
仕事の連絡だと断り、よほど急ぐ相手だったのかその場で電話の応対を始めた。
『……それでいつだ。明後日? 極秘に式とは、また急な話だな……
うん、わかった代わってくれ……
はっ、いつもお世話になっております……はい、はい……マスコミ対策は万全を期しております……
確かに承りました。では明後日、お待ち申し上げております』
またスタッフに代わったのか、部屋の指示をしている。
『白檀の間』 を用意しろと、狩野の緊迫した声が電話に飛ぶ。
「格式のある部屋ですよ」
と、その部屋を知っているらしい霧島君がそっとみなに告げ、
「極秘と言ってましたね。内輪の式でしょうか」
沢渡さんも面白そうに反応している。
明後日、マスコミ、極秘の式……
三つのキーワードが聞こえてきて、どの顔も興味津々といった表情だ。
静かに佇む羽田さんだけが、にっこりと微笑んでいた。
羽田さんには狩野の電話の相手が誰であるのか、わかっているのだろう。
電話を終えた狩野は、
「質問は一切受け付けない。黙秘権を行使させてもらう」
私たちに先手を打ってきた。
「明後日、極秘挙式ですか。かなりの大物タレントでしょうね」
「沢渡さん、タレントとは限りませんよ。
マスコミ対策が必要ですから有名人であることは間違いないでしょうが、どこかの御曹司かもしれない。
宗一郎さん、心当たりはありませんか」
「ないよ。俺じゃないってのは確かだな」
そのとおりだと、手を叩いてみなが笑う。
もう勝手にしてくれと言いたい気分だ。
だが、馬鹿馬鹿しい掛け合いも気分転換になり、ここに来るまでの鬱屈した気分は、かなり薄らいでいた。