ボレロ - 第三楽章 -
「あの……お聞きしてもよろしいかしら。
お二人は、雑誌社に記事の情報を流した人物は、
何らかの目的があっておこなったと考えていらっしゃるけれど、
どうして興味本位ではないと言えるのですか?
その人は、偶然、近衛副社長と女性たちが会う日時を知り、
興味本位の交際記事にしたかったのかも」
「記事がひとつなら偶然だとも考えられますが、近衛副社長に関連した記事が、
ふたつ、みっつと重なった事実を考え合わせると、
それは必然だといえるでしょう。仕組まれたと考える方が自然です」
「では、堂本さんは、三誌の記事すべてが関連しているとおっしゃるの?」
「その通りです。浅見さんもそうではありませんか?」
堂本さんが送った視線に浅見さんの顔が大きくうなずき、満足そうな笑みを浮
かべて見せた。
私が考える次元の何段階もの先を、このふたりは見据えていた。
説明されて、ようやく同じステージにたどり着いた私は、二人にはわかりきっ
た事を確認するように聞いてみた。
「この一連の記事には、それを仕組んだ人物がいるという事ですね?」
「そうですね。近衛宗一郎氏を落としいれようと画策した人物、
と言った方がいいでしょうか」
答えてくれたのは浅見さんだったが、すかさず堂本さんが意見を述べた。
「浅見さん、相手の目的が近衛副社長だと断定するのは、まだ早いのでは?
敵の目的は女性かもしれない」
「三つの記事に共通しているのは副社長だけです。
それとも他に気になることでもおありですか?」
「そうではなく、早急に答えを出すのはどうだろうかと言いたいのです」
浅見さんと堂本さんは、目指す方向は同じでも、思考の過程は異なるらしい。
ふだんあまり感情を露にしない堂本さんが、語気鋭く攻める姿勢に、浅見さん
は一呼吸おいて、そうですね……と一歩下がる姿勢を見せた。
「敵ですか……」
そんな人物が本当に存在するのだろうかと、まだ半信半疑ではあったが、堂本
さんが口にした 「敵」 の言葉が私の心に重く沈んでいった。
「二人をここに呼んだのは間違いなかったようだな。
事件が一気に解決しそうな雰囲気だね。
だが、身の危険がなくなったわけではない。充分に気をつけて欲しい。
では、もう一つの情報を聞いてもらおうか。
私の姉である香取可南子は、事前に週刊誌の記事を知っていたのだが……
姉に情報をもたらしたのは誰なのか」
謎解きを楽しんでいるような目をした知弘さんが、浅見さんと堂本さんを交互
に見た。
二人は食い入るように知弘さんの顔を見つめ、次の言葉を待っている。
「敵」 のターゲットが宗だとしたら……
なぜ彼を狙わなければならないの? どんな理由があるというの?
犯人探しを始めようとしている二人と知弘さんの言葉の先を気にしながら、
見えない敵に身をさらす宗を思った。
握り締めた手に、冷たい汗をかいていた。