ボレロ - 第三楽章 -


夜半から降り出した雨はやみ、今朝は雲の合間から青空が広がっている。

6月の眩しい朝日に手をかざし雲の行方を眺めた。



「おはようございます。飛行機でも見えるの?」


「あっ、おはよう。見事に晴れたなと思ってね」


「晴れたわね……」



二人並んで空を見上げる。

大事な日を迎えた朝は、嬉しさからくる照れや緊張と高揚がない交ぜになり、ひと言では言い表せない緊張感があった。


若葉が生い茂る街路樹を眺めながら、朝の道を二人で歩くのは新鮮だった。

早朝の都会の道は人もまばらで、広い歩道を並んで進む。



「昨日、あれから父と話したの。ゆっくり話し合ったのは久しぶりだったわ。

私ね、小さい頃、話を聞いてほしいときは父に話していたのよ」


「へぇ 普通は母親だろう」


「母はせっかちなところがあって、結論を先に出してしまうの。 

でもね、父は辛抱強く子どもの話を聞いてくれたわ。

父の書斎でよく話を聞いてもらったのに、いつのころからか私が遠のいたの」



昨夜は親子でどんな話をしたのかと聞くと、子どものころの思い出や、娘たちが生まれた時の様子を聞きながらの昔話だったそうだ。



「それで、珠貴が欲しかった答えはもらった?」


「答えは宗一郎君に渡した。婚姻届が自分の答えだと言うの。

娘が他家へ嫁ぐのを認めたのだから、それが父の決断であり、私への答えでしょうね」



「お父さんの気持ちを聞いた?」


「いいえ……珠貴は大事な娘だと言われて、何も言えなくなってしまったわ」


「そうか」



大事な娘を奪うように連れ去る男は、父親からみればさぞ憎い相手だろう。

将来、私にも娘が生まれたら同じ思いをするのだろうか。

まだ見ぬ娘と娘の相手を想像することは難しいが、娘を奪おうとする男への父親の感情は理解できる。

もしも、私にもそんなときがきて怒りをあらわにしたら、珠貴に笑われるのだろう。 



「丸田のおじさまが、父に話してくださったの」


「えっ? 丸田って、昭和織機の新社長の?」


「そう、父の古い友人なの。

近衛宗一郎がどんな人物か懇々と語って、これ以上の男はいない。

自分に娘がいたら結婚させたいくらいだとおっしゃったんですって。 

丸田はどっちの味方なんだって、父が笑っていたわ」



丸田さんが私たちのために動いてくださったのか……ありがたい。

これまでたくさんの人々に支えられ、多くの応援をもらった。

おかげでこの日を迎えられましたと、それらの人々に心から感謝の気持ちを伝えたい。



始業前の窓口に書類を提出した。 

窓口は24時間受け付けていると聞いていたため、始業前の早い時間に出かけてきた。

早朝の時間帯のため、待つこともなくほどなく手続きは完了し 「おめでとうございます」 と、窓口の担当者から祝いの言葉をもらった。 


役所を出て二人並んで空を見上げた。

雲はなく晴れ上がった空が眩しかった。


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