ボレロ - 第三楽章 -


家族全員がそろうのは新年の 『吉兆』 以来だった。

出張から戻ったばかりで駆けつけた潤一郎に、



「宗は、僕の休暇に何かと用をもってくるんだな」 



そう言われたが、まったくその通りであるため苦笑いで返すしかない。

陰で支えてくれた弟には感謝している。

「今日の僕は君の義弟だよ」 と笑っているのは、静夏の横に立つ知弘さんだ。

お二人は、また複雑な関係になりましたねと紫子が応じたため、家族が笑いに包まれた。

生後三ヶ月の冬真は、別室で近衛の大叔母が見てくれているそうだ


須藤家側は、珠貴の両親と青木の家から戻った紗妃ちゃんも出席している。

「特別に自主休校を認めてもらったんです」 と茶目っ気のある顔で話してくれた。


そして、私の横には振袖を着た珠貴がいる。

新郎はよそ見をするな、前を向けと狩野に言われたが、今日の彼女の姿から目を逸らすのは無理というものだ。

短い髪をどのように結い上げたのかわからないが、あらわになったうなじから襟足にゾクッとするほど色気が漂っているのだから、つい目がいってしまうのは仕方がない。

華やかな振袖を着た姿は、匂いたつばかりの美しさだった。
 


「珠貴さん、お綺麗だわ。宗一郎が見とれるのもわかりますわ」


「本当に……お振袖、よくお似合いですこと」


「今日が最後ですので振袖にいたしましたの」


「兄さん、嫁に出すのが惜しくなりますね」



母親や紫子の言葉を聞きながらうなずいていたが、知弘さんの問いかけに須藤社長が 「うん」 と返事をしたのには驚いた。

いまさらそんなこと言わないでくださいと、本気で反論したい。



「あら、お兄さまがあわててるわ。でも心配はいらないわよ。

お二人は結婚したんですものね」



静夏に 「お兄さま」 と呼ばれたうえにからかわれた。 

妹を睨みつけるがまったく効き目がない。

妻になり母になった貫禄は、私の睨みくらいでは動じないようだ。



「それでは みなさま……」



佐保さんの声で一同が静まった。 

家族だけの略式だったが、心のこもった式だった。

宣誓のあと互いの指に指輪をはめる。

自分の手に指輪をはめることになるなど思ってもみなかったが、はめたくないと拒むまもなく、真新しい結婚指輪が私の左手にはめられた。

もちろん、珠貴の左手薬指にも。

指輪が光る珠貴の左手は、結婚の印を身に付けたことで誇らしそうで、指輪を見つめる顔も幸せに溢れている。

これでよかったのだと、自分の左手をあらためて見つめた。



式のあと、続いて会食が行われた。

家族だけでもあり、打ち解けた雰囲気で食事が進んでいた。



「無事に済んで何よりでした」


「近衛さん、これからよろしくお願いします」


「須藤さん、こちらこそよろしくお願いします。さっそくですが……」



父親たちは、もう次へと話を進めている。

今日は家族だけの式ですんだが、知人友人親族を招く披露宴は避けられないようだ。

ことによっては複数回の披露宴になるらしく、母親もまじえ披露宴の日取りの打ち合わせが

始まっていた。

かなりの人数が集まるため広い会場が必要だが 『榊ホテル東京』 の大きなホールは二年先まで予約がいっぱいで、それは他のホテルにも言えることで、年内の予約は難しく会場の選定に苦慮している現状だった。

披露宴がいつになるのかわからないが、これまでわがままを聞いてもらった手前、私も珠貴も、披露宴については両親にすべて従うことに決めていた。 


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