ボレロ - 第三楽章 -
廊下から赤ん坊が泣く声が聞こえてきた。
静夏が瞬時に立ち上がり部屋の外へと出て行ったが、ほどなく冬真をつれて戻ってきた。
近衛の大叔母も一緒だ。
「声でわかっちゃうんですか?」
「泣き声でわかるのよ。大勢の子どもがいても、自分の子どもの声はわかるわね」
「すごーい」
紗妃ちゃんがびっくり顔で静夏を見ている。
「わたしにはできないかも」 と自信のなさそうな紗妃ちゃんへ 「母親になったらみんなそうなるのよ」 と静夏が答えている。
いつのまにか冬真の近くに集まった顔も、静夏に同意している。
「そうなんですね……でも、赤ちゃんってホントかわいい……珠貴ちゃんも早く産んでね。
わたし、赤ちゃんに早く会いたいな。珠貴ちゃんは二人は産まなくちゃいけないわね。
楽しみ」
「紗妃ちゃん、なにを言い出すのよ」
「あら、私も早くお目にかかりたいわ。
宗さんと珠貴さんのお子さんですもの、可愛いでしょうね」
紗妃ちゃんだけでなく大叔母にまで言われ、私も珠貴も顔が赤くなっていた。
母まで 「披露宴を急がなくてはなりませんね」 と言い出すしまつだ。
そんな中、我々の様子を父親たちは遠巻きに見つめていた。
今後、子どもの問題には口を挟まないと言ってくれた父親たちだが、心中は複雑な思いだろう。
それでも見守ってくれている二人に、心で頭を下げた。
結婚祝いに、スイートルームを用意すると言ってくれた狩野の言葉を断った。
すでにふたりの予定があったためだが、
「こんな地味婚で、珠貴さんが可哀相だろう」
怒るように詰め寄られた。
他に予約をしていたのなら正直に言ってくれと言われて、おおいに困った。
そうではないと伝えると、ではどうして断るのかとさらに狩野が詰め寄ってくる。
「狩野さん、このように心のこもったお式をありがとうございました。
忘れられない日になりました。佐保さんにもお世話になりました」
「珠貴さん、遠慮はなさらないで」
「いいえ、遠慮ではなくて……どうお伝えしたらいいのかしら。どうしましょう」
珠貴が困った顔で私を見る。
友人のせっかくの申し出を断るのは申し訳ないと思ったが、こちらにも譲れないものがある。
結婚した夜は、私のマンションで過ごすと決めていた。
気持ちはありがたいが……と再度断ると、それほど言うのならと、最後は狩野もわかってくれた。
式の後、着替えるために家に帰り、それから珠貴を迎えに須藤邸を訪ねた。
今週は私のマンションで暮らすことになっているが、実家とマンションを行き来しながら引越しを徐々に進め、今月中に終わらせればよいと考えていた。
準備ができた珠貴は、小振りなバッグと大振りな箱をもって現れた。
私たちにとって大事なその箱を彼女の手から箱を受け取り、両親と紗妃ちゃんに見送られ須藤家をあとにした。