ボレロ - 第三楽章 -


「疲れただろう」


「そうね。お着物だったから緊張したわ。でも、心地良い疲れかな」


「振袖、初めて見た……良く似合ってたよ」


「ありがとう。最後に見てもらえてよかった。振袖は結婚したら着られないんですもの」


「そうか、それは残念だ」



そんなに見たいのなら家でまた着てあげると言われ 「うん、見たい」 と正直に返事をしたら笑われてしまった。

珠貴の弾けた笑い声が車内に響く。

それだけで楽しい気分になってきた。



マンションに着くと、部屋が綺麗に整っていた。

私の留守に三谷さんが来てくれたようだ。

テーブルの上には花が飾られ 「おめでとうございます」 とメッセージカードが添えられていた。


寝室のベッド周りも整えられ、珠貴が用意してくれたリネン類に変わっていた。

持参した箱から取り出したランプをベッドサイドにおいた。

私のランプと並べておくと、フォルムがピタリと重なった。



「やっとひとつになったな」


「灯りをつけてみましょうか」



ふわっと灯りがともり、部屋にぬくもりが満ちる。

寝室の天井は、幸せな色に染まっていた。



離れ離れになっていたランプシェードが寄り添い、幻想的な灯りを放っている。

色づいた珠貴の肌にランプの灯が揺らめき、強く吸い上げた背中の赤味は花びらとなって漂って見えた。

ランプの明かりが感情をあおりたて、呼吸が乱れ、吐息がもれる。

ともに上りつめた刹那、快楽が駆け抜けた。

脱力のあと体を寄せ合って天井を見つめた。

視線の先に見えたのは、素肌に唯一はめられた指輪に反射した灯りだった。



朝の光の中、おはようと声を掛け合う喜びがあった。

朝食をとりながらの何気ない会話さえも、幸せな時間に結びつく。



「指輪、慣れた?」


「慣れないよ。薬指だけがやけに重い」


「宗がはめてくれるとは思わなかったわ」


「はめるもなにも、あれでは嫌といえないだろう」


「やっぱりいや?」


「別に……いいよ。ただ……」


「ただ?」


「少し恥ずかしい」


「わかるけど、でも……」


「でも?」


「指輪は結婚していますという印だから」


「そうか、いちいち結婚しましたと言う必要はないんだ。指輪を見れば一目瞭然だからね」



珠貴の顔がパッと明るくなった。

恥ずかしいのは本当だが、薬指の指輪は多くを語ってくれることだろう。



「明後日は誕生日だね。食事に行こうか」


「それもいいけど……ねぇ、家でゆっくり過ごしましょうよ」



家で過ごす……なんと嬉しい響きだろう。

珠貴との生活は始まったばかりだが、これから多くの感動をもたらしてくれそうな予感がした。 


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